(画像はイメージです/PIXTA)

予期せぬ別れに直面したとき、人は何を思い、どう乗り越えるのか。書籍『もう会えないとわかっていたなら』(扶桑社)では、遺品整理会社、行政書士、相続診断士、税理士など、現場の第一線で活躍する専門家たちから、実際に大切な家族を失った人の印象深いエピソードを集め、「円満な相続」を迎えるために何ができるのかについて紹介されています。本連載では、その中から特に印象的な話を一部抜粋してご紹介します。

 

「遺言書を作る」と言い出したワケ

世の中には、不器用な父親がいるものです。いえ、世の中の父親はほとんどが不器用なのかもしれません。

 

ある日、事務所に一本の電話がかかってきました。

 

「父が、遺言書を作りたいと言ってるんです」

 

私は司法書士事務所を構え、遺言書を作るお手伝いをしています。電話をかけてきたのは、大野真由美さんという主婦の方。父親が二つの不動産を持っていて、自分にもしものことがあったら、その不動産を相続させると言われたのだと言います。

 

「それで困ってしまって……」

 

真由美さんは姉のいる二人姉妹。お母さんは早くに亡くなり、結婚するまではお父さんと三人暮らしでした。姉妹は結婚してからも、実家のそばに住み、お父さんが持っている不動産の管理はずっとお姉さんが任されていました。

 

ところが、お姉さんは忙しく、お父さんに言われていた不動産の管理にあまり時間を割けませんでした。それを知ったお父さんは怒りました。

 

「そんなんだったら、全部、真由美に相続させるぞ」

 

真由美さんにしてみれば、それでお姉さんとの仲が悪くなることは避けたいのです。それでも、お父さんの決意は固く、遺言書を作ると言い出したのだそうです。真由美さんは電話口で哀願するような声を出しました。

 

「先生、なんとかなりませんか?」

 

後日、真由美さんと一緒にお父さんを訪ねました。ソファに座るお父さんは、腕を組み、ふんぞり返るようにしています。

 

「お父さん、本当に遺言書を作るの?」

 

お父さんは真由美さんにギロリと目を向けました。

 

「当たり前だ。そのために先生にお越しいただいたんだろう」

 

真由美さんが助けを求めるような目で私を見ます。

 

「事情はうかがっています」

 

私は、今回のようなケースでは、あとあと相続人同士で揉めることがあると話しました。

 

「お父さんは、私とお姉ちゃんが仲悪くなってもいいの?」

 

「いいわけないだろう」

 

「だったら、どうして私に相続させるなんて言ったのよ」

 

「言っちまったもんはしょうがねえだろう。それに、もとはといえばあいつが悪いんだ」

 

そのやりとりを聞いていて、私は思いました。お父さんは、意地になっているだけなんだと……。娘たちには仲良くしてもらいたいけど、長女を懲らしめたいという気持ちもある。

 

次ページ思いを形にした遺言書

本連載は、2022年8月10日発売の書籍『もう会えないとわかっていたなら』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございます。あらかじめご了承ください。

もう会えないとわかっていたなら

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