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手探りだった「鳥インフルエンザ」対策
私自身は、1978年に陸上自衛隊に入隊以来、サリンを含む化学兵器についての教育と訓練を受けていたが、まさか平和な日本でサリンを使った攻撃がおこなわれ、自分自身が被害者になろうとは夢にも思っていなかった。危機管理の鉄則である、「最悪の事態を想定し、それに万全の体制で備えなければいけない」ことを改めて思い知らされたのだ。
もうひとつエピソードがある。私の隣のベッドで寝ていた入院患者は、まさに対化学兵器用の防護マスクや防護衣を予算要求した同僚幹部であった。予算要求した当人がサリンの被害者になって、予算要求の妥当性を証明するとは。やはり自衛隊は、国防において最悪を想定して、それに確実に備える存在であるべきだ。
■ウイルス戦を連想した鳥インフルエンザにおける災害派遣の思い出
次は生物兵器を連想させる災害派遣の思い出だ。私が陸上自衛隊第3師団（司令部所在地は兵庫県伊丹市）の副師団長として勤務していた2004年2月、京都府丹波町の浅田農産で鳥インフルエンザが発生した。
政府と防衛省・自衛隊における侃侃諤諤の議論を経て、自衛隊で史上初めて鳥インフルエンザに対する災害派遣が実施されることになった。私はその災害派遣の現地指揮官を命じられ、現地において約400人、車両70台の部隊の指揮をとった。
そのときの鳥インフルエンザは高病原性鳥インフルエンザウイルスが原因で、まずカラスがこのウイルスに感染し、カラスから養鶏場の鶏に感染が拡大した。その結果、24万羽の鶏がウイルスのために死に、自衛隊の災害派遣により4万羽が殺処分された。
当時危惧されたことは、この鳥インフルエンザウイルスが人間に感染し、被害が大勢の人に拡大することであった。舞台となった浅田農産の近くには小学校があり、小学生に被害が拡大してはいけないという緊急性や公共性が、自衛隊の災害派遣の大きな理由であった。
現地指揮官として私が一番恐れたのは、災害派遣中の隊員がウイルスに感染することだった。その当時、鳥インフルエンザに対してどのような防護措置をとるべきかというマニュアルはなかった。つまり、自らそのマニュアルを作りあげて、災害派遣を完遂しなければいけなかったのだ。
その難問を解決してくれたのは優秀な医官であった。彼らは可能な限りの資料を根拠とした対処マニュアルを作成してくれた。隊員たちは作業の前に、抗ウイルス薬タミフルを服用し、全身を覆う簡易防護衣とゴーグルを装着して現場での作業を実施した。
幸いにもひとりの感染者もなく、短期間で災害派遣を成功裡に完遂することができた。
我が国においては、その後も鳥インフルエンザが多発し、さらに豚熱（CSF）に対する災害派遣、そして今回の新型コロナに対する災害派遣だ。自衛隊のウイルスとの戦いは継続していくであろう。
