(※写真はイメージです/PIXTA)

独居の高齢母は90代。近居の長男家族と折り合いが悪く、頼りにするのは遠方に嫁いだ長女です。長女は母の気持ちを汲みつつも、母と弟との関係修復に心を砕きますが、元気だった母親の健康状態が悪化してしまい…。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、実際に寄せられた相談内容をもとに解説します。

92歳の母…独居・要介護4・近居の弟家族と疎遠状態

今回の相談者は、60代の中村さんです。92歳と高齢になる母親の相続について不安があると、筆者のもとに訪れました。

 

中村さんの母親は、10年前に父親が亡くなって以降も自宅でひとり暮らしをしています。子どもは中村さんと中村さんの弟のふたりです。中村さんは他県に嫁いでいます。

 

弟は亡くなった父親が経営する電器店を継ぎ、毎日、母親が暮らす自宅兼店舗に通って仕事をしています。弟は実家のすぐ近所に自分の家を建て、妻子と暮らしています。

 

「母親はいま、週に2回デイサービスに出かけ、自宅にいるときはヘルパーさんに来てもらっています。父親が亡くなってから数年は元気で、ひとり暮らしにも不自由はなかったのですが…」

 

中村さんによると、元気だった母親もここ数年で〈要支援〉となり、去年骨折して入院してから〈要介護4〉と進んでしまったそうです。無事に退院して自宅の生活に戻れましたが、夜間にひとりで置いておくのは不安とのことです。

遠方の娘を頼る母、姉は母と弟の関係修復を気にかけ…

「弟は長男ですし、実家の近辺はどこも2世代同居が一般的です。弟も結婚当初は同居でしたが、弟のお嫁さんと両親の折り合いが悪く、家を出ることになったのです」

 

そのようないきさつから、いまも弟の妻はほとんど実家に顔を見せず、毎日自宅兼店舗に通っている弟も、母親の生活にはノータッチです。また中村さんの母親も、それでよしと思っているようです。

 

「弟家族を頼りたくない母は、他県に暮らす私を頼りにしてきました。弟家族と母が疎遠なので、気兼ねなく母親の介護ができるのはありがたいのですが、本当なら、母のためにも、地元の弟夫婦がもう少し面倒を見てくれれば…と思うときもあります」

「スムーズな相続のため、遺言書を作成したい」

中村さんの母親は92歳と高齢ですから、必然的に相続の心配があります。母親は常々、「自分の全財産は、長女である中村さんに渡す」といっています。

 

「母親の財産は店舗兼自宅と預金です。自宅は150坪ありますが、地方都市なので2000万円ぐらいでしょうか。預金は父親の貯金の残りと母親の年金で、やはり2000万円ぐらいです。ただ弟は、私は他家に嫁いだ人間ですし、生活に困ってもいないので、母親の財産はすべて自分がもらうものと思っているフシがあります」

 

中村さんは母親の意思を尊重しつつ、弟夫婦に少しだけ母親の面倒を少しでも見てもらえればと考えています。また、遺産の分割についても、遺言書を残してもらいたいと希望しています。

 

「弟は母と壁一枚隔てたところで毎日仕事をしているのに、何年もまともに口を利かないまま母が亡くなれば、きっとあとで後悔すると思うんです。そのため、形ばかりでいいから、少しでも母の介護に携わってもらえれば…」

 

「母はすべてを私に、といっていますが、そんなことをすれば弟とトラブルになるでしょう? ですから、いい塩梅に分けられるよう、遺言書にそれも含めて書いておいてほしいんです」

 

本来であれば、公正証書遺言がお勧めですが、母親の年代では馴染みがないこと、また、母親の性格から考えて、中村さんが母親の意向を聞きながら下書きをし、母親に自筆で書いてもらうほうが穏便にすむのではないかと話がまとまりました。

「きわめて穏当」な内容にまとめられた遺言書

母親の意向である「長女に全財産を相続させる」という考えですが、弟から不満がでることは必至です。また、他県に暮らす中村さんが自宅や店舗を活用することはないため、やはり、不動産は地元に暮らす弟に相続させるのが妥当でしょう。

 

打ち合わせに同席した弁護士とともに、筆者がそのようにアドバイスすると、中村さんも「私もそう思います」ということで、不動産は弟、預金は中村さんという分割で話が落ち着きました。

 

中村さんも「これでスッキリしました」と満足した様子で、「母親に早めに遺言書を書いてもらいます」といって笑顔でお帰りになりました。

母の健康状態悪化、遺言書の下書きは水の泡に

ところが、事態は急変します。遺言書の内容をまとめ、いざ母親に書いてもらおうという矢先、母親が肺炎で入院してしまったのです。退院後は介護施設に入所することになり、あわただしい毎日が続きました。

 

数週間後、中村さんからの電話で、母親の介護度が5となっていっぺんに認知が進み、字もうまく書けなくなってしまったとの報告を受けました。少し前まではふつうに会話し、まめに手紙や日記も書いていたのに、驚いたといいます。

元気なうちに書いてもらえばよかったのに…

「遺言書のサンプルを見せて、そのとおりに書いてもらおうとしたのですが、どんなにしても、思うように書けません。さすがに無理だとあきらめました」

 

「こんなこともあるのですね。もっと早めに遺言書を作っておけばよかったです…」

 

電話の声からは、後悔がにじみ出ていました。

 

相続が発生すれば、弟との遺産分割協議が必要になります。弟は長男がすべて相続すべきという考えの持ち主ですので、話し合いには難しい局面があるかもしれませんが、中村さんは自分の考えを通し、うまく着地させたいといいました。筆者も「話がうまくまとまるよう祈っています」と励まし、今回の相談は一区切りとなりました。

 

元気に見えても、ご高齢者の健康状態は急変のリスクをはらんでいます。遺言書をつくるタイミングは「気になったらすぐ」がお勧めです。元気なうちに意思を残しておけば後悔なく、その後も安心して過ごすことができるからです。

 

 

※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

 

 

曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士

 

◆相続対策専門士とは?◆

公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。

 

「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。

 

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本記事は、株式会社夢相続のサイト掲載された事例を転載・再編集したものです。

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