ホラー映画の「恐怖」が表しているもの
ホラー映画は文字通り怖がらせることを一つの目的としたエンターテインメント、いわゆるジャンル映画ですが、従来からこの種のジャンル映画はターゲット層である若者特有の不安、恐怖に共感を呼ぶものが多いということが指摘されています。
70〜80年代に流行したいわゆるスラッシャーホラーと呼ばれる映画「13日の金曜日」「ハロウィーン」「エルム街の悪夢」などでは、いわゆるフラグと呼ばれるセオリーがあって、調子に乗っている若者、特に性的な行為をしている者たちは必ず殺されます。
これはどうしてかというと、こういうエンターテインメント映画が多くの人に喜ばれるためには、そのターゲットになる人たちに共通のなんらかの感情に訴えるものが必要となるためです。先に述べた「お定まり」のパターンがなにを表しているかというと、それは性的な行為をしたら殺されるのではないかという迫害的な罪悪感です。それがジェイソンなどのモンスターに象徴され、人々の投影を引き受けやすい構造になっています。
「性的なもの=タブー」を犯すという罪悪感・恐怖感
2014年に話題になった低予算ホラー映画「It Follows」は公開当初さまざまな解釈が生まれ、議論になったものですが、この映画も前述したような性的な行為、感情に対する強い罪悪感、恐怖感を表現していると解釈することが可能です。
あらすじ:主人公は19歳の女性ジェイ。ジェイは最近知り合った男性ヒューとデートに出かける。二人はセックスをするのだがそのあとでジェイはヒューに麻酔をかけられ車椅子に縛られて目覚める。ヒューはなにかが彼女を追ってくることになるとジェイに警告した。それはヒューがもっていた「なにか」がセックスによってジェイに受け渡されたことによるものだった。「それ」はいろいろな形で現れる。知らない人であったり愛した人であったりする。「それ」から逃れる唯一の方法は誰か別の人とセックスをすることによって「それ」を受け渡すことだ。また「それ」がジェイを殺すと「それ」は彼のところに戻ってきてしまうとヒューは説明した。その後ヒューはジェイを彼女の自宅前に放置し、いなくなってしまう。そのあとからジェイは不気味な人物が自分に向かってゆっくりと近づいてくるのに気づく。最初は学校で授業中、窓の外を見ると寝間着のままの老婆が遠くから近づいてくる。明らかに彼女にまっすぐ向かってくるが、それはほかの誰にも見えない。ジェイは逃げるが、「それ」は形を変えて追いかけてくる。ジェイは妹や友人たちとともに逃げ、「それ」と立ち向かおうとする。
――映画のなかで「それ」は“It”としか呼ばれず、名前はありません。これは“Id”(イド)を指しているといえるでしょう。(“Id”はフロイトが使ったドイツ語の“Es”の訳ですが、“Es”は人ではない「もの」に対する代名詞で英語の“It”にあたります。)この映画における“It”はフロイトの「イド」についての説明そのものであるかのようです。以下にフロイトによる「イド」の説明を引用します(※)。
---------------------------------------------------
それはエネルギーに満ち、本能からそれに到達する。しかしそれは組織を持たず、集合的な意志も生み出さない。ただ快楽原則の習慣に従う本能的な要求を満足させることのみを追い求める。(1933, New Introductory Lectures on Psychoanalysis, p.92)
※ The Id follows: It Follows (2014) and the existential crisis of adolescent sexuality; Joseph Barbera; 2019; The International Journal of 393-404
---------------------------------------------------
性的な欲動を表している“It”は性的な接触を通して引き寄せられ、“It”を阻止する方法はほかの誰かとセックスをして「渡す」こと、つまり恐怖の対象である性的欲望を実行し解放することだけなのです。しかしこの方法では完全に“It”を消し去ることはできず、“It”が戻ってくる可能性が少し小さくなるか、少なくとも戻ってくるのを一時的に遅らせるだけだといえます。
庄司 剛
北参道こころの診療所 院長
<関連記事>
「失明しそうな人」だけに現れる不思議な症状【眼科医が解説】
見逃さないで…「認知症“一歩手前”の人」に見られる「行動」【専門医が解説】