【CASE】「部下思いのデキる上司」だったが…
■部下のために厳しく指導したら、「パワハラ」判定で左遷されてしまった
仕事ができて部下の面倒もよく見るので周りから慕われていたXさん(仮名)は、会社のパワハラ委員会にかけられて閑職に追いやられてしまいました。本人もパワハラ的な接し方をしてしまった自覚はあって非常に悔やんでいますが、じゃあ別の対処法があったのかと言われると思いつきません。またそれまでのキャリアを棒に振ってしまい、社内での立場も失ってしまったと感じていて、気持ちが落ち込み、やる気ももてなくなってしまいました。不眠や食欲低下などの症状を認めて、周囲に勧められて受診に訪れました。
■なぜ、1人にだけ「パワハラ扱いされるほどの指導」をしてしまったのか?
会社でのXさんはもともといつも周囲に気を配り、親切で面倒見が良く、基本的に上司からも部下からも信頼は厚かったようです。しかしあるとき入社2年目の男性がXさんのチームに配属になりました。この人は要領の悪いところがある人で、周囲の人の気持ちも察することができず、いつもチームの足を引っ張って、迷惑がる人も多い人物でした。なにか人の気持ちを逆撫でする余計な一言を言ってしまうのです。
Xさんは彼のためを思って厳しく指導しました。ところが、その男性が精神的に追い詰められて出社できなくなり、親御さんから会社のほうに上司であるXさんによるパワハラが原因だと訴えてきたそうです。それを会社は重く受け止め、Xさんを閑職に追いやったということでした。
ほかの部下たちには慕われ、信頼もされて良い上司の顔をもっているのに、一人の部下にだけパワハラ扱いされるほど厳しく指導しているのは、どうしてなのでしょう。その部下には、Xさんにとってどうしても許容できない、なにか引っかかるものがあるようでした。
Xさんはまさに「理想の上司/理想の夫」に見えるが…
■Xさんから感じる「自分は間違っていないでしょう」という無言の訴え
家庭でのXさんはそれなりに協力的で、朝食はいつも彼がつくり、掃除や洗濯も進んでやるなど、やはり気配りの精神を発揮していました。近所の主婦たちからは「いい夫ね」とか「大事にされて羨ましい」などと高評価を受け、妻も自慢の夫であると満足しているようでした。これは、会社でも部下の面倒をよく見る上司の顔と一致しています。
一見、理想の上司、理想の夫ですし、批判すべきところはないように思えます。しかし話しているとなにか「自分は間違っていないでしょう」という主張のようなものを私は微かに感じていました。
生い立ちを聞いてみると、Xさんは共働きの両親と弟の4人家族で育ち、父親は仕事が忙しくて不在がちだったので、母親が仕事と家事、育児をしていて負担も大きく、まったく余裕がない様子でした。そのため、弟と喧嘩したり取り合いになったりすれば、「お兄ちゃんなんだから我慢しなさい」と言われ、掃除や洗濯などの家事も母親が帰って来るまでに終わらせておかなければなりませんでした。それができていないと、母親は時にはヒステリックに怒鳴ったり、Xさんを叩いたりしました。それでも、今となってはその教育が役に立っているとXさんは言うのでした。
そんな環境もあり、彼は基本的に優等生で、勉強も頑張って成績は優秀でした。また、人に優しく、面倒見が良く人気もありました。
■「面倒見の良さ」に潜む、「自分が助けてあげないと」という上から目線
一方で、彼自身それほど意識的ではありませんでしたが、自分と同じようにできない多くの他人をどこか下に見ているところがあったのだと思います。「相手が劣っているから手を差し伸べてあげないといけない」と思っているのです。そのため、異性関係においても問題を抱えていて助けてあげないといけないと感じる相手に昔から惹かれる傾向がありました。
妻もそういうタイプだったようで、家の中のことを積極的に自分がやって「助けてあげて」いたのです。一方で自分はなんでもできて、妻の世話にはなっていないという自負にもなっていました。妻にとってみれば助かる一方で、なにか存在意義をおびやかされるような体験かもしれませんし、心からの感謝というものを感じることが少なくなってしまいます。妻がメンタルの不調をきたしがちだったのはそのような背景があったのではないかと思われました。
なぜXさんは1人にだけ厳しい指導をしてしまったのか?
■我慢続きだったXさんの前に現れた、「幼少期のとろい弟」そっくりな部下
なぜXさんはその一人の部下にそれほど厳しく接してしまったのか、それはその部下がXさんの子どもの頃の弟にそっくりだと感じたことに原因がありそうでした。Xさん自身最初は気づいていませんでしたが、どこか「とろい」とXさんが感じること、状況を察して気づいてほしいのにマイペースで頓着しないこと、そしてどこか癇に障る余計な一言を言うことなど、振り返ってみれば共通点が多かったのです。Xさんにとってはどうしてもそれがイライラして許せず、厳しいことを言ってしまっていたようでした。
Xさんは、長年にわたってなにごとにも我慢を強いることを自分に課してきたのですが、そのことに気づいていませんでした。これまではなんとかうまくやり過ごしていましたが、限界を超えたところに弟とそっくりな「とろい」部下がいたため、彼を無意識のうちにストレスの吐け口にしてしまったところがあったのかもしれません。これに気づいてからは、そういうときには冷静に距離を取るということを目標とすることにしました。
しかし、自分がやや人を上から目線で見ているということや、妻との関係についてはまだ理解は不十分だったと思われます。もちろんそれに対する精神分析的な治療を行う選択肢もあるでしょうが、それは本人の治療動機によります。Xさん自身は今のところそれを望んではいませんでした。
庄司剛
北参道こころの診療所 院長