【CASE】小さなミスにも動揺してしまう
■他人からすると「取るに足らないミス」でもパニック状態
ミスをしたときや突発的なできごとに対して、冷静に対処できる人がいる一方、パニック状態になる人がいるなど、受け止め方は人によって異なります。
Xさん(仮名)の場合は後者で、人から見ると取るに足らないミスにも動揺し、オロオロしてパニックになってしまいます。過呼吸発作を起こすこともあるほどでした。最初は周囲の人も心配して宥(なだ)めようとしてくれたり、仕事を代わってくれたりと助けてくれるのですが、あまりにも繰り返すので持て余すようになってきます。そのため休職を勧められたりして、長く勤めることが困難でした。繰り返すパニック発作と社会適応の困難を主訴に受診することになったのです。
「怯え」の正体はXさん自身もわかっていたが…
■「ミスの大小」ではなく「ミスを起こしたこと」自体が一大事
なぜXさんがいつもビクビクして、小さな物音にも跳び上がらんばかりに驚くのか、なにか失敗してしまったのではないかと思うと、いてもたってもいられなくなるのか、Xさんにもおおよそ予想はついていました。Xさんの予想ではその原因は父親にありました。彼女の父親はカンシャクもちで、いつスイッチが入って怒り出すのか分からないため、家族はいつも父親の顔色をうかがいながら暮らしていたといいます。ニコニコ笑っているけれど、次の瞬間には怒り出すので、なにがいけなかったのかと不安になり、母親も弟もXさんも、いつもビクビク怯えていたそうです。
今は親元を離れて一人で暮らしていますが、仕事でミスをしたときなどに「どうしよう、上司に怒られる」「同僚に迷惑をかけてしまう」とパニックになるときの気分が、実家で「まずい、父を怒らせる」と思うときの気持ちと似ているという自覚がありました。ですからXさんにとってミスの大きさは関係なく、周りから見れば取るに足らないミスであっても、ミスをしたこと自体が大きな問題で、一大事だったのです。
怯えの正体が分かっていて、今は父親の手の届かない安全な場所にいること、周囲の人たちはXさんにとってそんなに厳しい相手ではなく、むしろ心配して気にかけてくれていることを頭で理解しても、一度「怖い」と思ってしまうと、その不安は止められないのです。早く落ち着かなくちゃと思えば思うほど焦りが募ります。この仕事も続かなくてやめてしまったら、もう雇ってくれるところはないかもしれない。そうしたら実家に戻らなくてはならない。そう思えば思うほど怖くなり、追い詰められた気持ちになるのでした。
Xさんのその後
■父親もパニックになりやすい人だったと判明
こうした場合はどんな治療よりも安心できる環境づくりが重要です。幸い現在の職場にはかろうじて1年以上勤めていましたので、休職が可能でした。まずは休職して休養を取り、リワークに通ってリハビリ訓練を受けることで徐々に安全に暮らしていける感覚を取り戻してもらいました。安心して頼れる彼氏ができたことも大きかったかもしれません。
そして会社も理解のある会社だったので、復職先も休職前の営業補佐ではなく、人事課に配属してもらい、サポート体制も得たうえで少しずつ社会生活を回復していくことができました。
その間に父親の話が何度か語られましたが、どうも父親もパニックになるタイプの人物のようでした。不安になったり思いがけないことがあるとパニックになり、父親の場合は爆発して怒り出すような形になってしまいます。しかし周りにとっては大人の男性が激昂し、時には暴力的になるので非常に怖いわけです。母親もオロオロしてしまうので、両親が協力して支え合い、家族の不安な状況に耐えて冷静に対処する能力に限界があったといえます。
したがってXさんにとってもそのような不安への対処の仕方を学ぶ機会が少なかったのかもしれません。つまり不安に対処する能力の取り入れが十分でなかったために、Xさんの不安対処能力の発達が不十分だったのです。
庄司剛
北参道こころの診療所 院長