(※写真はイメージです/PIXTA)

イノベーションを起こすには、どうすればよいのでしょうか。新奇な発明として一時の話題になり、やがて消えていった製品はいくらでもあります。しかしそれは新発明であってもイノベーションではありません。社会にあるいはもっと具体的に人間の生活様式に組み込まれ、普及するような進化となって初めてイノベーションといえるのです。イノベーションの実例である「産業革命」を例に、イノベーションがいかに生まれるのかを見ていきましょう。

世界に先んじた政治・社会制度の成熟

イギリスは、ルネサンスに沸くヨーロッパ大陸のなかで異色の存在でした。

 

ルネサンスはイタリアを中心に開花し、フランス、ドイツといったヨーロッパ諸国にも波及しています。しかしイギリスは、ジョン・ロックやアダム・スミス、トマス・モアやフランシス・ベーコンといった人文主義者を輩出したものの、文化・芸術・産業面での見るべき成果は決して大きくはありません。イギリスはルネサンスの中心地であるイタリアから遠く離れた「遅れた農業国」でしかなかったのです。

 

しかしこの国は大陸の国々にはない別の動きを始めていました。それは政治・社会制度においてです。

 

世界に先んじた政治・社会制度の成熟こそ、イノベーションを可能にする環境を用意するものだったのです。

 

■権利を守り、報酬として還元する「専売条例」の制定

1624年、ジェームズ1世は「専売条例」と呼ばれる特許法を制定します。

 

これは現在の特許制度の基本的な考え方にも受け継がれている基本法で、イギリス国内で行われたものであればイギリス人以外の研究者や技術者の発明にも、それにふさわしい対価と独占権を与えることを明らかにしたものです。ルネサンスの動きをキャッチアップするためにヨーロッパ大陸の最新技術の担い手を国内に集めようとしたものといわれています。

 

さらにイギリスは1642年を頂点とするピューリタン革命と1688年の名誉革命という2つの革命を経て、国王の権力も法に制限されるという「法の支配」を確立していきます。人権に代表される市民社会の原則を打ち立て議会や国民の権利と自由を成文化した「権利章典」を定めて、人類史上初となる立憲君主制を誕生させるのです。

誰でも存分にトライアンドエラーできる環境が整った

一般の市民であれ天才的な科学者であれ、人をイノベーションへと向かわせるものはモチベーションと知識欲の2つの要素です。どちらか一方ではなく、両方がそろわなければイノベーションは起こりません。そしてそれは、自分一人の力では高めることのできないものです。外部環境に大きく左右され、決定づけられるものだからです。

 

搾取的な社会では、個人が新しいことにチャレンジするモチベーションや知識欲は存在しません。しかし産業革命へと突き進んだ18世紀のイギリスには、人をイノベーションへと掻き立てるものがあり、機会とインセンティブがあったということができます。

 

二つの革命を経てイギリスはついに絶対王政を倒し、議会政治という新しい国家の仕組みをつくりました。半世紀を費やした取り組みの末の結実です。これが国王の経済統制に代わる自由な経済活動を活発にして、イギリスの産業革命の土壌となっていったのです。

 

政治・社会制度という意味では、ルネサンスで先行したイタリアやフランス、ドイツこそ「田舎」であり、イギリスは一歩先を走っていました。

 

いち早く国王による収奪的制度から脱し、市民社会を成熟させてゆくイギリスに、次々と優秀な発明家・技術者が登場します。リチャード・アークライトの水力紡績機、ジェームズ・ワットの蒸気機関、マイケル・ファラデーの電磁コイルなどがつくられていきます。

 

もちろん技術開発や新たな設備投資には資金が必要です。特に蒸気機関を利用したものなどは規模が非常に大きく、巨額の資金が必要でした。その点についてもイギリスには資金を広く集める株式会社の伝統がありました。

 

オランダの東インド会社に先行すること2年、1600年に東方への航海により胡椒、香料などを獲得することを目的としてイギリス東インド会社が設立されています。当初は1回の航海に限って出資を募った会社でしたが、その後出資金をそのまま残して配当だけを分配する仕組みが取り入れられ、これが永続的な株式会社制度の基礎となります。その後、投機的な資金投入を警戒していったん株式会社の設立は制限されます。しかし1855年に有限責任法、1862年には会社法が制定され、近代的な株式会社制度が出来上がりました。

 

イギリスではピューリタン革命と名誉革命によって法の下に個人の権利が守られた自由な市民社会がいち早く確立したのです。そして「専売条例」が知的財産権を守り、さらに責任を限定しながら広く出資を集め、事業を展開して利益を配当として分ける資本主義の仕組みが備わっていきました。

 

つまり当時のイギリスには、誰もがトライアンドエラーが存分にできる社会体制や環境が整っていたのです。いくら優れた技術があっても、社会の仕組みがトライアンドエラーを促してその成果を取り込んでいけるようなものでない限りイノベーションは起こりません。

 

王がいて指示されて大衆が動くのではなく、個人がそれぞれの考えの下で行動できる点がポイントです。王一人のトライアンドエラーの回数であれば、年に1回、あるいはせいぜい数回しかありえないのに対し、何万人という市民の参加の下であれば、トライアンドエラーは数万回、数十万回に増えることになるのです。


 

太田 裕朗

早稲田大学ベンチャーズ 共同代表

 

山本 哲也

早稲田大学ベンチャーズ 共同代表

 

 

※本連載は、太田裕朗氏、山本哲也氏による共著『イノベーションの不確定性原理 不確定な世界を生き延びるための進化論』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

イノベーションの不確定性原理 不確定な世界を生き延びるための進化論

イノベーションの不確定性原理 不確定な世界を生き延びるための進化論

太田 裕朗
山本 哲也

幻冬舎メディアコンサルティング

イノベーションは一人の天才による発明ではない。 そもそもイノベーションとは何を指しているのか、いつどこで起き、どのようなプロセスをたどるのか。誕生の仕組みをひもといていく。 イノベーションを創出し、不確定な…

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