リスクなしにリターンは得られないが…とるべきリスク、避けるべきリスクの決定的差 (※写真はイメージです/PIXTA)

イノベーションを起こすには無数のトライアンドエラーが必要ですが、これは「手当たり次第に何でもやってみる」ということではありません。リスクとリターンの考え方から、いかにして「賢く質の良いトライアンドエラー」を選択していくのかを見ていきましょう。

トライアンドエラー=「なんでもやってみる」ではない

トライアンドエラーが大切だといっても、好き勝手になんでもやってみるというのは賢いトライアンドエラーではありません。

 

生物が外部環境の変化のなかで突然変異を通して生き延びていくのは偶然ですが、不確定性のなかでも人間はある程度先読みをすることができます。

 

手当たり次第に何でもやってみるというトラインドエラーではなく、リスクとリターンを勘案しながら賢く質のいいトライアンドエラーをしなくてはなりません。

 

さまざまな選択肢を勘案しながら熟慮に熟慮を重ねなくては、一つのトライで取り返しのつかない破綻をきたし、再挑戦ができなくなってしまいます。

人間は予測不能な未来を「悪い方向」へ考えがちだが…

賢く質のいいトライアンドエラーをするために重要なのは、それによって生じるダウンサイドとアップサイドをよく見極め、両方をマネジメントしながら進むということです。

 

トライアンドエラーをする際どうしても大きくなってしまうのがダウンサイドのリスクへの意識です。うまくいかなかったらどうしようか、失敗したらどうなってしまうだろうかというネガティブな意識です。

 

実はこのダウンサイドへの傾斜は人間に特有なものです。「先読みする」人間であればこその側面でもあるのです。動物には「今」しかありませんが、人間は未来を想像する生き物です。

 

しかも未来を見る場合はリスクを気にします。うまく行かず、ダウンサイドに行きつくことをより強く想定してしまう傾向があるのです。つまり、いつも「危険=ダウンサイド」のほうのシナリオにバイアスがかかっています。危険を過大に見積もったほうが生き延びる確率が高まるからです。

 

個人の性格の問題ではありません。恐怖や危険の察知は動物が生き延びるための仕組みです。不安は脳の前頭葉の働きによるもので、人類に共通のものなのです。

 

前頭葉とは大脳の前の部分にあり、大脳全体の約30%を占めています。前頭前野とも呼ばれる部分で、思考、判断、情動のコントロール、コミュニケーションといった高度な分析・判断を司っており、他の生物に比べて非常に大きく、人間らしさの源泉ともいわれます。

 

前頭葉が比較的大きいチンパンジーでも、脳全体の17%に満たないといわれています。人間は大きな前頭前野をもつことでより複雑な行動をとることができるのです。将来の不安や危険もここであれこれと考えるわけです。

 

前頭前野からの信号を受け取るのが大脳辺縁系の一部である扁桃体であるといわれます。

 

大脳辺縁系は記憶、情動、嗅覚、生体の恒常性維持など、人間のさまざまな活動の根幹を担う極めて重要な部位で、人間の進化の歴史のなかでも非常に古い基幹的なものです。そのなかでも扁桃体は身に危険が及ぶような刺激を察知するという生得的に備わった感情反応に関与する部位だということができます。

 

この扁桃体に送られた危険信号がトリガーとなって、人は身を守るために逃げたり隠れたりフリーズしたりするのです。扁桃体自身が無意識に危険を察知して自己防衛の活動を始めることもあります。

 

つまり人は大きな前頭前野と扁桃体のセットで、予想のつかない未来に対して、基本的にダウンサイドに偏って身構える性質をもっているわけです。

 

しかし未来に起こり得る事象には当然、アップサイドもあります。

 

不確定な世界ではダウンサイドからアップサイドまで幅広く存在しているのであり、アップサイドに振れる可能性もあるわけです。

「アップサイド」を見ることが大事

この対比は非常に重要なポイントです。

 

リスクというと自分が望まない悪いことが起こる可能性、すなわち自分にとってダウンサイドの事象が起こる可能性というネガティブな側面のみが強調されるニュアンスがあります。実際にはリスクとは不確定さの幅のことであって、その幅のなかには自分にとって良い影響、すなわちアップサイドの事象が起こる可能性も内包しているとも考えられます。つまり、上手くいくポジティブなリスクもあると考えるのです。

 

リスクとリターンという言葉からは、リスクという危険を冒さないとリターンがないという因果関係があるように思えますが、実際にはリスクという不確定な状態のなかに自分にとって悪い影響というダウンサイドと、自分にとって良い影響というアップサイドという両方のシナリオが混在している状態と考えることもできます。大事なのはこのアップサイドとダウンサイドのそれぞれの大きさと実現確率のバランスになります。その確率を比較して、私たちはアップサイドの可能性がより大きいものを選択すれば良いのです。

 

リスクテイクという言葉も危険を冒す勇気が必要な印象をもちますが、実際には不確定な世界でアップサイドの可能性を追求するというポジティブな行動と捉えるべきでしょう。というのも不確定な世界では、リスクテイクをしない、すなわち何も試みないことは、目をつむり先送りしている間に淘汰されて生存できないことにつながる最も危険な選択となるためです。

「危険を冒して初めてリターンが得られる」は間違い

共著者である山本が、アントレプレナーシップ(起業家精神)の分野で世界的な評価を得ているアメリカのバブソン大学のベンチャーキャピタリスト研修に参加したとき、ベンチャー研究で著名なジェフリー・ティモンズ教授から教わったことがあります。それは「ヘリコプターマインドの重要性」に関するものでした。

 

「ヘリコプターマインド」とは、事業計画書を作成した起業家やそれを見た投資家が、そこに表現されている以上のアップサイドを、あたかもヘリコプターが空に舞い上がるように想像する思考パターンすなわちマインドセットのことです。

 

一般的には、アップサイドが想定されていても保守的で現実的なものだけしか見ないものです。ダウンサイドへの本能的な偏りもあります。アップサイドのシナリオを具体的に想像するという思考パターンが起業家や投資家には重要だという教えでした。

 

視野を広げて、アップサイドをより大きくみるということです。確定できない一定の幅のなかでトライアンドエラーしたとき、アップサイドが大きければ確率的にもそちらに振れることが大きくなるわけです。ダウンサイドのリスクだけではなく、アップサイドのシナリオがどこまであり得るのか、そこを想像できるかということです。

 

失敗のリスクをとって、すなわち危険を冒して初めてリターンがあると考えるのは間違っています。そもそもすべてのことはダウンサイドからアップサイドまで不確定に分布しているのであり、アップサイドへの広がりが大きいことにチャレンジすれば一定の確率でアップサイドが実現されるのです。そう考えれば、トライアンドエラーへの不安はなくなっていきます。

 

ダウンサイドからアップサイドへの広がりとは、すなわち想定されるシナリオの多さです。不確定性は段階的に確定していくのですが、次の選択肢が多いほどアップサイド実現の可能性を維持することができます。この選択肢がオプショナリティです。オプショナリティをもつことは、トライアンドエラーとセットでイノベーションを実現するための欠かせない要素です。

 

トライアンドエラーをするとき、アップサイドがなくダウンサイドのほうばかりが大きく、勝ち目のないトライアンドエラーをすれば失敗します。アップサイドがあるトライアンドエラーならダウンサイドがあったとしても、いずれになるかは確定していないので、トライアンドエラーすればアップサイドが実現することにつながります。投資とはダウンサイドとアップサイドの管理です。それぞれの確率、それぞれのボリュームを比較してトライアンドエラーの程度をコントロールすることが必要です。

 

例えば投資金額が1億円であったときに投資の失敗というダウンサイドのボリュームは、最大で投資額の1億円です。これ以上はありえません。1億円損したらどうしようと考えて足を止めるのではなく、この事業のアップサイドのボリュームが100億円で確率がもし5%でもありそうなものなら、この投資には価値があるということです。不確定性の幅が広くアップサイドに分布しているようなトライアンドエラーこそ、賢く質の良いトライアンドエラーだといえます。

 

ベンチャーキャピタリストは技術を社会実装へと導く存在としてもてはやされますが、一歩引いて見ればその存在は社会のトライアンドエラーを促進する役目を果たしているのです。ベンチャーキャピタリストは未来を展望しながら、世の中の進化の方向性とタイミングを見ています。そこに至る試行錯誤を資本家として支援しているのです。

 

ある投資家がノーと首を横に振ったアイデアもヘリコプターマインドを発揮してアップサイドをみて投資し、トライアンドエラーを促すのです。

トライアンドエラーをしない限り、アップサイドもない

この例は、イノベーションにも通じます。

 

イノベーションにはダウンサイドとアップサイドのシナリオが両方存在しており、トライアンドエラーをしてみなければいずれにも確定しません。つまりトライアンドエラーをしない限りアップサイドもないということなのです。

 

アップサイドのシナリオがより大きく想定されるところにトライアンドエラーをかけていくことでイノベーションが実現する可能性は高まるのです。

 

イノベーションは、ある決められたシナリオのもとに一本道を進むようなものではありません。一つのシナリオの先にイノベーションの成就はありません。不確定な世界では、ただトライアンドエラーしかイノベーションはないのです。

 

私たちの未来は確定することができません。確定していないから不安だ、リスクが怖いといっても無意味です。そもそもそれは確定のしようがないのです。

 

不確定だから不安だということではありません。それはまだ確定していないというだけであり、ダウンサイドからアップサイドの範囲で起こりうるシナリオの幅のなかに収束していくのです。

 

その意味ではアップサイドも含めて選択肢は多いほうが、いいほうに確定しうる可能性も高まるということであり、ダウンサイドをしっかりとマネジメントした質の高いトライアンドエラーが大事なのです。

 

 

太田 裕朗

早稲田大学ベンチャーズ 共同代表

 

山本 哲也

早稲田大学ベンチャーズ 共同代表

 

 

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    早稲田大学ベンチャーズ 共同代表 京都大学博士

    京都大学大学院工学研究科航空宇宙工学専攻/助教を経て、カリフォルニア大学サンタバーバラ校にて研究に従事。2010年より、マッキンゼー・アンド・カンパニーに参画。2016年より、ドローン関連スタートアップである株式会社自律制御システム研究所(現社名:株式会社ACSL)に参画、代表取締役社長として2018年東証マザーズ上場(CEO、会長を経て2022年3月退任)。

    2021年、早稲田大学総長室参与(イノベーション戦略)。2022年より、早稲田大学ベンチャーズ(WUV)共同代表。

    著者紹介

    早稲田大学ベンチャーズ 共同代表 

    オックスフォード大学理学部物理学科卒業(MA Oxon)後、1994年に三井物産株式会社入社、日米でベンチャーキャピタル事業に従事。2008年、株式会社東京大学エッジキャピタル(UTEC)参画。2009年、取締役パートナー就任。UTECではIT分野を中心とするシード/アーリーステージ投資を担当したほか、グローバル戦略にも注力。産業用ドローン開発の株式会社ACSLや知能化産業用ロボット開発の株式会社Mujin等の創業期に投資し社外取締役を歴任。Forbes JAPANが日本ベンチャーキャピタル協会(JVCA)の協力のもと、毎年行っている「日本版MIDAS LIST」日本で最も影響力のあるベンチャー投資家ランキング2019年度1位。

    2020年にUTEC退任後、2021年より、オックスフォード大学経営大学院在籍(エグゼクティブMBAオックスフォード・アラムナイ・スカラー)、早稲田大学総長室参与(イノベーション戦略)。2022年より、早稲田大学ベンチャーズ(WUV)共同代表。

    著者紹介

    連載イノベーションの不確定性原理

    ※本連載は、太田裕朗氏、山本哲也氏による共著『イノベーションの不確定性原理 不確定な世界を生き延びるための進化論』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

    イノベーションの不確定性原理 不確定な世界を生き延びるための進化論

    イノベーションの不確定性原理 不確定な世界を生き延びるための進化論

    太田 裕朗
    山本 哲也

    幻冬舎メディアコンサルティング

    イノベーションは一人の天才による発明ではない。 そもそもイノベーションとは何を指しているのか、いつどこで起き、どのようなプロセスをたどるのか。誕生の仕組みをひもといていく。 イノベーションを創出し、不確定な…

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