(※写真はイメージです/PIXTA)

科学啓蒙家のマット・リドレーは、イノベーションを「人間バージョンの自然淘汰」と表現しました。生命が未来を予測し、それに備えて何かを目指して自ら進化するなどということはありません。生物は環境とのランダムな応答のなかで漸進的に変化し、それを自らの体に組み込んで生き延びていくだけです。人間の社会も同じです。次の社会のありようを先読みして、それにフィットするような進化を計画し実行することなど決してできません。不確定な世界の中でイノベーションを起こすには、どうすればよいのでしょうか?

私たちは根源的に不確定な環境のなかに生きている

不確定性は物理学において明確に証明されています。

 

1927年ドイツの物理学者ヴェルナー・ハイゼンベルクは、ある現象を観察し測定するということはどういうことかを突き詰めていきました。

 

電子などの素粒子を観察するためには、外部から光を当てる必要があります。その位置を見るためにそこにいるかどうか、光を当てなければならないのです。しかしその光によって電子は動かされてしまい、電子が最初にもっていた運動量(動き)に影響を与えてしまいます。つまりミクロな世界では粒子の位置と運動量の両方を完全に測定することはできないということが明らかにされました。

 

このようにハイゼンベルクは観察という概念で測定限界から不確定性があると推定したのですが、その後も発展を続けた現在の物理学では本質的に世界は不確定性をもっている、つまり同時に確定できない物理量があると考えられています。要するに位置と運動量が両方確定している状態はミクロには存在しないということです。ミクロの世界は本質的に不確定であり、未来は何一つ決定されてはいないのです。

 

オーストリア出身の理論物理学者、エルヴィン・シュレーディンガーもほぼ同時期に量子力学につながる「波動力学」を提唱しました。量子力学の発展に貢献したとしてノーベル物理学賞も受賞している人ですが、「シュレーディンガーの猫」と呼ばれる思考上の実験が有名です。

 

外からは中が見えない箱を用意し、その中に放射性物質と放射線の検出装置、それと連動した毒ガス発生器を入れます。放射性物質が原子崩壊を起こし、それを検出装置がキャッチすると信号が送られて毒ガスが出るという仕組みです。1時間当たりの崩壊確率は50%です。その箱に生きた猫を入れ、蓋を閉じ、1時間後に猫が生きているか死んでいるかを、外から決めることができるだろうかという思考実験でした。

 

猫の生死は観測者が箱を開けてみるまでは分かりません。そのことをとらえてシュレーディンガーは箱の中にいるのは生と死の状態を半分ずつ重ね合わせた「生死まだら」という奇妙な存在としての猫だとして、量子力学の「観測し得ない不確定な世界」の存在を分かりやすいパラドクスで紹介しました。

 

世界の現象は本質的に常に不確定性が伴います。それゆえ、すべてを確定する代わりにおおよそどのあたりに、どの確率で観測対象が存在しているかということを理解する――これが量子力学なのです。量子力学の原理は人間の日常生活の常識的感覚では理解できません。

 

しかし宇宙の原理として根源に不確定なものが存在していること、それに基づいた物理学が成立するということは明らかです。実際、量子力学を前提として開発されたものは、すでに私たちの生活に欠かせないものとなっています。コンピュータに使われる半導体はもちろん、レーザーやスマートフォンなども量子力学の理論に従ったものです。

 

アインシュタインは「神はサイコロを振らない」と語り、量子力学の確率論的解釈に反論しました。世の中の物事にはすべて法則性があって、それに則ってすべてが確定的に動いていると主張したのです。しかし世界を構成しているミクロの世界の挙動は、不確定で確率的なものでしかないことは実験で証明されています。アインシュタインの希望に反して「神はサイコロを振る」ということこそ量子力学が明らかにした世界の根源的原理でした。

次ページ不確定な世界を生き延びるには?

※本連載は、太田裕朗氏・山本哲也氏による共著『イノベーションの不確定性原理 不確定な世界を生き延びるための進化論』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

イノベーションの不確定性原理 不確定な世界を生き延びるための進化論

イノベーションの不確定性原理 不確定な世界を生き延びるための進化論

太田 裕朗
山本 哲也

幻冬舎メディアコンサルティング

イノベーションは一人の天才による発明ではない。 そもそもイノベーションとは何を指しているのか、いつどこで起き、どのようなプロセスをたどるのか。誕生の仕組みをひもといていく。 イノベーションを創出し、不確定な…

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