(※写真はイメージです/PIXTA)

ベンチャーキャピタリストの筆者らは、イノベーションに必要なのは不確定性の下で行われる多くのトライアンドエラーであり、その担い手とその受け手であるといいます。官民を挙げてイノベーション創出に取り組む中、日本はイノベーションを生む状況を形成できているのか。今進行する日本版「イノベーション」の問題点を指摘します。

今進行する日本版「イノベーション」への疑問

科学的ブレイクスルーに始まり、制度的な環境(institutional rule)に支えられた多くのトライアンドエラーが包括的な経済(inclusive economy)を形成する――このサイクル、つまり、安定して反応が進む「るつぼ」こそが、イノベーションを生む状況のイメージの中心です。

 

それはあたかも何世代も超新星爆発を経験し、何度も惑星系が再構築されたのちに十分な元素の多様性をもって地球が生まれたのにも似ています。

 

ある反応が起こり、その結果がまた反応を起こし、続いていく。そのためにはある数の参加者がいてそしてその場にとどまり、トライアンドエラーを繰り返していくというある程度の場の密度が必要なのです。

 

イノベーションを生む「るつぼ」が、現在の日本で形成されているのか。現状についていくつかの点を指摘したいと思います。

「単なるアイデア出しの議論」は実を結ばない

問題点①技術的な背景のないイノベーション啓蒙活動、アイデア至上主義

イノベーションは社会進化をもたらすものであり、非連続的な進展が伴いこれまでとは明らかに違う状況をつくります。背景には科学的ブレイクスルーというべき技術の飛躍があります。技術革新がイノベーションの発端であることは常に変わりません。

 

単なるアイデア出しをしてその限られたアイデアの選択だけでイノベーションを起こそうとか、問題解決のための既存の枠組みを使って社会のミスマッチを探そうという動きからはイノベーションにつながるアイデアは出てきません。

 

アイデアを出すこと自体はトライアンドエラーの観点で必要です。しかし、それらは結局限られた範囲のものにすぎず、社会に普及するかどうか不透明なものです。イノベーションはいくつか斬新なアイデアを出して、その一つがうまくいくというようなことではありません。産業革命にせよIT革命にせよ、けた違いの参加者が包括されて起こる現象です。

 

個人が何かを信じてトライすることを否定しているのではありません。

 

どんなイノベーションもすべては挑戦の結果であり、個人が取り組むこと自体は間違っていません。最近の技術革新には何があったのかというようなことをテーマにブレインストーミングをするのもいいと思います。しかし会社や組織が数回の会議でアイデアを出させて、そこから絞り込んだもので成功させようとしても成功率は低いのです。

 

単なるアイデア出しの議論が実を結ばないもう一つの理由は、専門性の欠如です。アイデア会議そのものは場合によっては何かを生みだします。しかし過去の事例を見る限り、イノベーションの根底には、常に直近に起こった学術や科学の進歩が踏まえられています。それは、大学や学術の世界で起こっており、そのような関係者、専門家の知識なしではアイデア会議はアマチュアの談話会に終わってしまいます。

 

科学技術とイノベーションは切り離せないのです。イノベーションのアイデアの議論は、科学技術に近い環境にいる人を巻き込んで、専門的に進めなければなりません。

 

まさにそれをやっているのが、シリコンバレーやアメリカのベンチャーキャピタリストです。ここでは一流の学者や教授、学生、天才を交えてのアイデア出しの議論が設定されているのです。例えばコースラベンチャーズのビノッド・コースラが今でも最新の科学論文を読んで投資先を見つけるという話はよく知られています。

 

また、近年の有力ベンチャーキャピタリストがこぞってライフサイエンスに比重を置いているのはなぜなのか。単に流行だからということではありません。人類の健康が重大なテーマであるからかといえば、それも違います。それは最近30年で起こった技術革新の大きなものとして、バイオや遺伝子技術があるからです。そこにイノベーションにつながるテーマがあることを彼らは見抜いています。人類すべてに普及し、人々の生活や社会を大きく変えるような薬、医療などの出現が期待されています。最大の資本と人の叡智が投じられ、まさに「るつぼ」となっているのです。

 

特にライフサイエンス分野は、アメリカのボストンがイノベーションの拠点となっています。

 

スタートアップを育てるエコシステム(複数の企業や団体で形成された自然界の生態系のようなネットワーク)として世界トップといわれるのはアメリカのシリコンバレーですが、ボストンもスタートアップ・エコシステムのランキングで、ニューヨーク、ロンドン、北京に続く世界第5位に位にランクされており*、特にバイオテクノロジー分野においてはシリコンバレーに勝るといわれるほど強力なエコシステムが形成されています(*Startup Genome とGlobal Entrepreneurship Network〔GEN〕が調査する「The Global Startup Ecosystem Report」2021年版)。

 

ボストンのライフサイエンスに関するコミュニティは世界最大規模の集合体で、半径1.5キロメートルの範囲内に大小120社のバイオメディカル企業が集結し、地元のマサチューセッツ工科大学やハーバード大学を中心とする有名大学から優秀な人材が供給され、さらに多数の関連研究機関や企業を支援する投資家、特許弁護士が存在し、バイオクラスター・エコシステムの発展を支えているのです。

 

このエコシステムこそ、まさにイノベーションを生み出す「るつぼ」です。実際、多くの投資がボストンの製薬会社に対して行われ、メッセンジャーRNAを用いたがん治療ワクチンの開発、フェニルケトン尿症や痛風、高シュウ酸尿症などの難病に対する赤血球細胞治療の開発、さらにがん治療における免疫療法の一種であるCAR‒T細胞療法など、最先端の取り組みが進んでいます。

補助金制度の多くは投資で終わる可能性がある

問題点②国による一時的な補助金支給策は単なるカンフル剤にすぎない

国が新技術の研究開発や普及のための誘導策として用いるのが、補助金制度です。確かにあるテーマを掲げれば、一時的に研究開発団体が増えたり関連する技術ニュースは増えますが、それがどこまで普及するかはまったく未知数です。将来の見通しのない一時的なカンフル剤にすぎません。

 

注意すべき点は、それだけでは包括的な経済をつくっていないという点です。国が開発費に補助金をつけ、場合によっては実証と称してそれをどこかの企業やユーザーに採用させるのですが、実はそこに参加するのは極めて限られたメンバーであり広がりがありません。参加者が限定された世界でイノベーションが生まれることはありません。

 

補助金そのものはベンチャーに限らず多くの企業にチャンスを与えるものですが、歩留まりは悪く、多くは投資で終わる可能性があるということを理解すべきです。アメリカ政府によるベンチャーへの補助は裾野が広く多様である一方で、科学的発展に軸がおかれ戦略的に選定されているようです。もちろん投資ですからある程度先が見えてしまったり、逆にうまくいかないと判断できる場合などは中断します。うまくいくと考えられる場合は事業主体がベンチャーであれば投資家による本格的な投資が入り、資本主義市場による企業としての成長へと続きます。実際、量子コンピューティングのD‒Waveも最初は補助金を獲得し、その後有力ベンチャーキャピタルの投資を集め今日に至っていると聞きます。

 

重要な点は政府も経営者側も補助金はあくまで試験的な投資であって、一時的な成果に満足してはいけないということです。成果=成功などと思わず、真のイノベーションが包括的な経済のなかで起こることを理解し、広く一般に使われるところまでもっていく道のりを想定する必要があります。行政は補助金を与えた企業が科学的進歩をもたらし、多くの参加者を巻き込むきっかけになって包括的な状況をつくっているのか、実用化しなかったとしても最低でも技術の多様性を生んでいるか、ということをモニターすべきかもしれません。この点を念頭におけば、日本のやり方も少し変化が出てくると思います。

 

 

太田 裕朗

早稲田大学ベンチャーズ 共同代表

 

山本 哲也

早稲田大学ベンチャーズ 共同代表

 

 

※本連載は、太田裕朗氏、山本哲也氏による共著『イノベーションの不確定性原理 不確定な世界を生き延びるための進化論』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

イノベーションの不確定性原理 不確定な世界を生き延びるための進化論

イノベーションの不確定性原理 不確定な世界を生き延びるための進化論

太田 裕朗
山本 哲也

幻冬舎メディアコンサルティング

イノベーションは一人の天才による発明ではない。 そもそもイノベーションとは何を指しているのか、いつどこで起き、どのようなプロセスをたどるのか。誕生の仕組みをひもといていく。 イノベーションを創出し、不確定な…

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