産業革命はなぜ起こったか?19世紀イギリスにあった「イノベーションを生む土壌」 (※写真はイメージです/PIXTA)

イノベーションはあくまでも社会的プロセスであり、多くの参加者とそのトライアンドエラーを保証し、成果を受け入れる社会環境が必要です。その一つでも欠いたらイノベーションは生まれません。19世紀のイギリスで「産業革命」というイノベ―ションが起こったのも、単に「蒸気機関が登場したから」ではないのです。産業革命を可能にした要因の一つとして、本稿では「社会に対する哲学的考察」を見ていきましょう。

産業革命を支えた「あるべき社会に対する哲学的考察」

イギリスにあったのは、トライアンドエラーができる政治・社会制度や環境だけではありません。当時のイギリスでは人間社会のあり方に関する哲学的な洞察が進んでいました。

 

1632年に生まれたイギリスの思想家、ジョン・ロックは「本来人間は理性的な存在であり、その自然状態においても、互いの所有物を尊重しあいながら生活していくことができる存在だ」と考えていました。そして「各自の所有物に関する権利を確実なものにするために社会契約を行って権利の一部を政府に委ね、もし政府が市民の意志に反した場合には、市民は抵抗して委ねた権利を取り戻すことができる」として「自由で平等な人間同士が、理性に基づいて国家をつくり上げる」という「社会契約論」を打ち出しました。これが1688年のイギリス名誉革命を支える理論となっていきます。

 

イギリスの産業革命を支えていたのは単なる技術的な発明と応用ではなく、人間社会に対する洞察であり、社会をいかに運営していくのかという哲学でもありました。社会の個々の成員が互いを尊重し誠実に意見を表明し、それに対して建設的な議論ができるという成熟した社会が築かれているということが欠かせなかったのです。

 

包括的な経済、政治・社会制度だけでなく、こうした人間社会の哲学的な理論の獲得もイノベーションの土台となりました。その点においても18世紀から19世紀にかけてのイギリスには、イノベーションという人類社会の新たな進化を起動する前提があったということができます。

イノベーションの創出には「社会制度」が不可欠

2013年に日本で刊行された『国家はなぜ衰退するのか―権力・繁栄・貧困の起源╱上・下』(ダロン・アセモグル&ジェイムズ・A・ロビンソン著、鬼澤 忍訳早川書房)は、世界にはなぜ豊かな国と貧しい国が存在するのかと問い、その答えに従来の地理説や文化説、あるいは為政者の無知説を退け、政治・経済上の制度にあると丁寧に説いて世界的なベストセラーになった本です。

 

ここでアセモグルとロビンソンは、イギリス産業革命にふれてこう書いています。

 

「産業革命がイングランドで始まり、最も大きく前進したのは、比類のない包括的(inclusive)経済制度のたまものだ。(中略)名誉革命が所有権を強化・正当化し、金融市場を改善し、海外貿易での国家承認専売制度を弱め、産業の拡大にとっての障壁を取り除いた。名誉革命が政治システムを開放し、経済のニーズと社会の希求に応えられるようにした」

 

さらにアセモグルとロビンソンは、当時イギリスだけがもっていたこうした開放的な経済制度の価値を明らかにしたうえで、政治制度についても強力な絶対主義を樹立する企てが阻止されたことを指摘しています。純粋な技術そのものの進化ではなく、人間社会を運営する制度(institution)が確立しているかどうか、そこにイノベーションを生む土壌があるとアセモグルらは述べるのです。

 

いくら天才的な頭脳の持ち主がいて先進的な技術の種があっても、社会の仕組みが彼らのモチベーションを喚起し、トライアンドエラーへと立ち上がらせるようなものになっていない限りイノベーションは生まれません。それがイギリスにはありました。機会とインセンティブと包括的な経済、政治・社会制度があったからこそ、産業革命が起きたのです。

 

 

太田 裕朗

早稲田大学ベンチャーズ 共同代表

 

山本 哲也

早稲田大学ベンチャーズ 共同代表

 

 

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    早稲田大学ベンチャーズ 共同代表 京都大学博士

    京都大学大学院工学研究科航空宇宙工学専攻/助教を経て、カリフォルニア大学サンタバーバラ校にて研究に従事。2010年より、マッキンゼー・アンド・カンパニーに参画。2016年より、ドローン関連スタートアップである株式会社自律制御システム研究所(現社名:株式会社ACSL)に参画、代表取締役社長として2018年東証マザーズ上場(CEO、会長を経て2022年3月退任)。

    2021年、早稲田大学総長室参与(イノベーション戦略)。2022年より、早稲田大学ベンチャーズ(WUV)共同代表。

    著者紹介

    早稲田大学ベンチャーズ 共同代表 

    オックスフォード大学理学部物理学科卒業(MA Oxon)後、1994年に三井物産株式会社入社、日米でベンチャーキャピタル事業に従事。2008年、株式会社東京大学エッジキャピタル(UTEC)参画。2009年、取締役パートナー就任。UTECではIT分野を中心とするシード/アーリーステージ投資を担当したほか、グローバル戦略にも注力。産業用ドローン開発の株式会社ACSLや知能化産業用ロボット開発の株式会社Mujin等の創業期に投資し社外取締役を歴任。Forbes JAPANが日本ベンチャーキャピタル協会(JVCA)の協力のもと、毎年行っている「日本版MIDAS LIST」日本で最も影響力のあるベンチャー投資家ランキング2019年度1位。

    2020年にUTEC退任後、2021年より、オックスフォード大学経営大学院在籍(エグゼクティブMBAオックスフォード・アラムナイ・スカラー)、早稲田大学総長室参与(イノベーション戦略)。2022年より、早稲田大学ベンチャーズ(WUV)共同代表。

    著者紹介

    連載イノベーションの不確定性原理

    ※本連載は、太田裕朗氏、山本哲也氏による共著『イノベーションの不確定性原理 不確定な世界を生き延びるための進化論』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

    イノベーションの不確定性原理 不確定な世界を生き延びるための進化論

    イノベーションの不確定性原理 不確定な世界を生き延びるための進化論

    太田 裕朗
    山本 哲也

    幻冬舎メディアコンサルティング

    イノベーションは一人の天才による発明ではない。 そもそもイノベーションとは何を指しているのか、いつどこで起き、どのようなプロセスをたどるのか。誕生の仕組みをひもといていく。 イノベーションを創出し、不確定な…

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