医療先進国・日本が「国産コロナワクチン」の開発に出遅れた根本原因 (※写真はイメージです/PIXTA)

日本がイノベーションの創出に苦戦している要因は、コロナ禍初期の国の対応からも読み取ることができます。19世紀に人類社会のイノベーションである「産業革命」を起こしたイギリスや、産業革命を引継いでイノベーション大国となったアメリカの同時期のコロナ対応と比較しつつ、見ていきましょう。

コロナ初期の「布マスク全戸配布」が示す、日本の実情

■未来は予測不能だからこそ、さまざまな選択肢を用意しておくべきだが…

不確定な世界をサバイブしてくためには、予見できない環境の変化に対応できるさまざまな選択肢をもち、変化に対応し自ら変わっていくことが必要です。つまりプランAだけでなく、プランB、プランCももっていなければなりません。あらゆる可能性に備えて対応できるプランをもっていなければ生き延びることはできないのです。

 

2020年以降のコロナ禍を見ても、日本がこうしたオプショナリティを備えるという意味でいかに立ち遅れていたかは明らかです。

 

■「十分想定された事態」に有効な備えがほとんどなかったことが露呈

実は近年の感染症の流行は、新型コロナウイルス(COVID‒19)に限りません。2002〜2003年にかけて、アジアを中心にサーズ(SARS)による重症急性呼吸器症候群が、2012年からはアラビア半島の国々やヨーロッパでマーズ(MERS)による中東呼吸器症候群が流行しました。いずれも現在は小康状態にあり世界保健機関(WHO)が流行期と認定するものではありませんが、撲滅されたわけではありません。

 

サーズ、マーズが日本で流行することはありませんでした。しかし当然こうしたウイルスによる感染症が日本に上陸した場合、さらには感染拡大の兆しが見られた場合の保健医療体制について、その広がりのレベルに合わせてさまざまなプランが練られていなければならなかったはずです。

 

しかしコロナ禍で取られた国や保健医療機関、地方自治体の対応はこうしたプランがまったく用意されていなかったことを露呈するものとなりました。緊急事態宣言を発した政府が総額466億円といわれる費用を投じて慌ただしく行った政策が「布マスク2枚の全戸配布」であったことがそれを象徴しています。未知のウイルスによる感染症の流行という十分想定された事態に有効な備えはほとんどなかったということが分かります。

 

感染症対策の切り札ともいえるワクチンについても、日本にはありませんでした。世界の製薬会社のトップ10の一角を占める医薬品メーカーを擁し、医薬品の市場規模でも世界第4位を占める日本で、コロナウイルスに対するワクチン開発は、当初のコロナウイルスまん延時には間に合いませんでした。

 

それに対してアメリカの製薬会社やイギリスのオックスフォード大学と製薬会社(アストラゼネカ)の共同開発によって、ワクチン開発は進んでいました。それが突然の新型コロナウイルスのまん延というパンデミックの下で有効に活かされ、世界に供給されたのです。

「ワクチン開発が進んだ英米」と「日本」の差

■日本になかった「プレイヤー」と「環境」

どこに違いがあったのか興味深いところです。

 

遺伝子分野、医療の科学的なブレイクスルーは起こっていました。ぼんやりとではあれ今のような状況は起こり得ること、それに対する科学的な処方があることは日本国内でも分かっていたのです。

 

ポイントはアメリカやイギリスの民間企業に、それをやってみようというプレイヤーがいて、それができる環境があったことです。新型コロナウイルスのまん延がなければ無駄になったかもしれませんが、その分野で技術基盤を確立していた会社があったのです。社会としての余裕、余力といえるかもしれません。大企業がありベンチャー企業も存在しています。ワクチンには取り組まない会社もあります。他方でワクチンに商機を見た会社もあります。さらにコロナ禍のような状況を予想した起業家もいました…。この社会の多様性こそがイノベーションを起動する核心だったのです。

 

■オプショナリティを持ち、トライアンドエラーをする

世界は不確定なので、何が起こるか確実な予測はできません。あらゆる可能性を想定して、それぞれに対応するプログラムや回避策を用意するオプショナリティをもつことが必要です。「新型コロナウイルス感染症の大流行は日本では起こらない」という一つのシナリオしか想定しないというのでは、それ以外の事態にはまったくお手上げになってしまいます。いかに強固に組み立てられたシナリオであっても、一つであるという点で脆いのです。つまりフラジャイルなのです。

 

生物もさまざまな環境下で種として生き延びていくオプショナリティを備えています。遺伝情報を伝え、細胞を複製していくDNAも二本鎖でできた「二重らせん構造」をもっています。これも今ITの世界でいわれる「リダンダンシー」(冗長性)の一つです。DNA複製のエラーを減らし、確実に個体を維持し続けるための仕組みです。オプショナリティとして、いろいろなシナリオを用意していることが、予期せぬ環境変化によるリスクへの耐性を高め、不確定な世界を生き延びる可能性を高めます。

 

さまざまな事態を想定しオプショナリティをもつこと、必ずしも成功しなくても異なるものを寛容に認めること、それがトライアンドエラーを導き常に多様性を維持し、賢く生き延びる可能性を高めていくのです。

 

 

太田 裕朗

早稲田大学ベンチャーズ 共同代表

 

山本 哲也

早稲田大学ベンチャーズ 共同代表

 

 

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    早稲田大学ベンチャーズ 共同代表 京都大学博士

    京都大学大学院工学研究科航空宇宙工学専攻/助教を経て、カリフォルニア大学サンタバーバラ校にて研究に従事。2010年より、マッキンゼー・アンド・カンパニーに参画。2016年より、ドローン関連スタートアップである株式会社自律制御システム研究所(現社名:株式会社ACSL)に参画、代表取締役社長として2018年東証マザーズ上場(CEO、会長を経て2022年3月退任)。

    2021年、早稲田大学総長室参与(イノベーション戦略)。2022年より、早稲田大学ベンチャーズ(WUV)共同代表。

    著者紹介

    早稲田大学ベンチャーズ 共同代表 

    オックスフォード大学理学部物理学科卒業(MA Oxon)後、1994年に三井物産株式会社入社、日米でベンチャーキャピタル事業に従事。2008年、株式会社東京大学エッジキャピタル(UTEC)参画。2009年、取締役パートナー就任。UTECではIT分野を中心とするシード/アーリーステージ投資を担当したほか、グローバル戦略にも注力。産業用ドローン開発の株式会社ACSLや知能化産業用ロボット開発の株式会社Mujin等の創業期に投資し社外取締役を歴任。Forbes JAPANが日本ベンチャーキャピタル協会(JVCA)の協力のもと、毎年行っている「日本版MIDAS LIST」日本で最も影響力のあるベンチャー投資家ランキング2019年度1位。

    2020年にUTEC退任後、2021年より、オックスフォード大学経営大学院在籍(エグゼクティブMBAオックスフォード・アラムナイ・スカラー)、早稲田大学総長室参与(イノベーション戦略)。2022年より、早稲田大学ベンチャーズ(WUV)共同代表。

    著者紹介

    連載イノベーションの不確定性原理

    ※本連載は、太田裕朗氏、山本哲也氏による共著『イノベーションの不確定性原理 不確定な世界を生き延びるための進化論』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

    イノベーションの不確定性原理 不確定な世界を生き延びるための進化論

    イノベーションの不確定性原理 不確定な世界を生き延びるための進化論

    太田 裕朗
    山本 哲也

    幻冬舎メディアコンサルティング

    イノベーションは一人の天才による発明ではない。 そもそもイノベーションとは何を指しているのか、いつどこで起き、どのようなプロセスをたどるのか。誕生の仕組みをひもといていく。 イノベーションを創出し、不確定な…

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