社会全体を変えて初めて「イノベーション」となる
イノベーションが人類の進化のプロセスであるとすれば、それが巷間で言われている新技術や新発明、新たなビジネスモデルといったものではないことは明らかです。私たちは、イノベーションは具体的には次のようなものとして現れるものと考えます。
「イノベーションはある環境のなかでさまざまな変化が生じ、それが淘汰され淘汰を生き延びた結果が社会にいきわたることであり、それにより社会全体が大きく変化することである」と。
社会全体としての大きな変化こそイノベーションであるという点が重要です。新しいアイデアを思いつくことや起業すること自体がイノベーションではありません。前人未踏の体験をすることでもありません。たった数人が月に行くことや初めてエベレスト登頂を果たすことは、最初のきっかけをつくり出す必要な挑戦ですが、イノベーションではありません。
社会にあるいはもっと具体的に人間の生活様式に組み込まれ、普及するような変化となって初めてイノベーションといえるのです。多くの人間の手による科学技術の革新があり、それが新たな製品やサービスになって社会に浸透し定着し、社会構造の一部となることをもって初めてイノベーションといえます。新奇な発明として一時の話題になり、やがて消えていった製品はいくらでもあります。しかしそれは新発明であってもイノベーションではありません。
その意味ではスマートフォンの登場は大きなイノベーションでした。単なる一個のテクノロジーの成果ではなく、すでに存在していたさまざまなアイデアやテクノロジーが新たな着想で掛け合わせられて一つの形となり、新たなコミュニケーションスタイルへの期待やそれを待ち望む社会的な背景の下で、爆発的に普及していったのです。そのような全員参加型の社会のなかで、スマートフォンは生まれるべくして生まれました。そしてスマートフォンが登場する前と後で、人々の生活はまったく違うものになったのです。極めて大きな変化であり逆戻りはありえません。逆戻りが考えられないほどの社会の変化を導くものこそ、イノベーションであるということもできます。
イギリスの産業革命以降のさまざまな電気製品の誕生、自動車の登場や家事を担う電化製品の登場も、そのような意味でイノベーションでした。
一つの科学的な発明やアイデアを中心に、人やモノ、資金、情報、法制度などが一体となってつくる統合的な社会構造の存在こそがイノベーションをもたらすものなのです。何か新しいアイデアを考えて、それを社会にアピールしてもイノベーションは生まれません。そのアイデアを受け入れる環境や制度、マインド、社会が醸成されていなければなりません。
したがってイノベーションには個人が主体的に設計しえないこと、事前に計画できないこと、仕掛ける側の人(特に新アイデアの発起者、発明者側)が制御しきれない面があることも事実です。イノベーションは連動して動き出す大きなシステムであり、進化のプロセスだからです。
■「さあ、イノベーションを起こそう!」では起こらなくて当然
今、日本では官民を挙げてイノベーションを起こすことに必死です。
2021年4月政府は「激化する国際競争を勝ち抜くにはイノベーション創出の活性化に重点を置いた制度改革が急務」として「科学技術・イノベーション基本法」を施行しました。大学や研究開発法人の経営力、産官学連携とベンチャー創出力の強化などを謳っています。
民間企業でもイノベーション人材の育成のための研修プログラムを導入したり「イノベーション推進室」を設け、そこでアイデア出しのための議論が行われていたりします。
しかしイノベーションは「さあ、イノベーションを起こそう」といって産官学が集まったり国が予算をつけたり「イノベーション人材」が部門横断で議論したりすることによってできるものではありません。
国の政策やビジネスの推進の仕方で語られる限りイノベーションは起こらないのです。
太田 裕朗
早稲田大学ベンチャーズ 共同代表
京都大学博士
山本 哲也
早稲田大学ベンチャーズ 共同代表
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