(※写真はイメージです/PIXTA)

近年になって蓄積されてきた前向き調査疫学研究(Prospective Study)で、高齢者糖尿病では認知症の合併が多いことが報告されています。糖尿病と認知症の関係について、最新の知見を基に見ていきましょう。※本稿は、小西統合医療内科院長・小西康弘医師並びに株式会社イームス代表取締役社長・藤井祐介氏との共同執筆によるものです。

最近注目の「アルツハイマー病のリスク因子」

■メタボリック症候群や糖尿病の患者に見られる「高インスリン血症」

さらに最近、メタボリック症候群や糖尿病の患者で見られるインスリン抵抗性に伴う高インスリン血症がアルツハイマー病の発症原因に関与するとして注目されています。このような観点から、アルツハイマー病を3型糖尿病とか脳型糖尿病と呼ぶ報告も認められています。

 

<文献2>

Steen E, Terry BM, Rivera EJ, Cannon JL, Neely TR, Tavares R, et al. “Impaired insulin and insulin-like growth factor expression and signaling mechanisms in Alzheimer disease―is this type 3 diabetes?,” J Alzheimer Dis, 2005; 7: 63-80.

 

メタボリック症候群や糖尿病では、細胞内に血糖を取り込むインスリンの働きの感度が鈍っていることが多いです。これを「インスリン抵抗性」と言います。健康な人と同じだけ血糖を下げるためには、多くのインスリンが分泌されないといけないので、「高インスリン血症」になっています。

 

■「脳のインスリン濃度」が下がることで、脳内のアミロイドβ排出が阻害

通常は、インスリンは血液脳関門(BBB)を通過して脳内に輸送されますが、高インスリン血症では脳へのインスリンの移行が低下するため、脳におけるインスリン濃度が低下していることが分かってきました。

 

1998年にCraftらは、アルツハイマー病において、健常者と比べて末梢血中のインスリン濃度は上昇しているのに、髄液中インスリン濃度は低下し、その結果、髄液血中インスリン比はアルツハイマー病で著明に低下していることを報告しました。さらに、その低下の程度はアルツハイマー病の重症度と比例していたのです。

 

<文献3>

Craft S, Peskind E, Schwartz MW, Schellenberg GD, Raskind M, Porte D Jr. et al. “Cerebrospinal fluid and plasma insulin levels in Alzheimerʼs disease,” Neurology 1998; 50: 164-168.

 

脳内のインスリンは脳神経細胞内に蓄積したアミロイドβの排出を促進させ、神経細胞内のアミロイドβの蓄積を抑制することが動物実験のレベルで報告されています。

 

脳内にアミロイドβが蓄積すると、神経障害性に働くため、脳内のインスリンには神経保護的作用があると言うことができます。そのため、脳内のインスリン濃度が低下することでこの神経保護作用が減弱するわけです。

 

つまり、糖尿病の患者で見られる高インスリン血症は、中枢神経系では、低インスリン状態を惹起し、その結果、脳内へのアミロイドβの蓄積を助長して、アルツハイマー病の発症に関わるという機序が提唱されています。

 

このことから、新たな治療として、選択的に脳内インスリン濃度を上昇させる試みが行われています。インスリンを点鼻薬として投与すると、インスリンは抹消血へ移行することなくそのほとんどが鼻静脈叢を介して脳内に移行します。

 

アルツハイマー病の危険因子であるアポE4遺伝子を持たないヒト症例において、顕著な認知機能の改善効果が認められたという報告があります。最近、同グループは長期的な点鼻インスリン治療によってもアルツハイマー病における認知機能の改善効果を報告しています。

 

<文献4>

Reger MA, Watson GS, Frey WH 2nd, Baker LD, Plymate SR, Asthana S, et al. “Effects of intranasal insulin on cognition in memory-impaired older adults: modulation by APOE genotype,” Neurobiol Aging, 2006; 27: 451- 458

 

これまでは、アミロイドβを脳組織から排除するための治療薬が開発されてきましたが、ことごとく失敗に終わってきました。このような新しい視点からのアプローチが、今後どれほどの結果を生み出せるのか、期待が持たれるところです。

 

■高インスリン血症だと、肝臓による「アミロイドβの分解」も不十分になる

慢性的なインスリン高値と、アルツハイマー病の接点はこれだけではありません。

 

インスリンは、肝臓でインスリン分解酵素(IDE)によって分解されますが、実はアミロイドβの分解も担当しているのです。

 

脳内で、インスリンの助けを借りて神経細胞から排除されたアミロイドβは、血液脳関門を通過して、血液中に運ばれ肝臓で分解されます。しかし、高インスリン血症になるとインスリン分解酵素がインスリンを分解するのに手が離せなくなり、アミロイドβが十分に分解されなくなるのです。このため、脳内のアミロイドβ値は上昇し、アルツハイマー病の原因となるのです。

 

[図表2]高血糖症における高インスリン血症とアミロイドβ

 

このように、高インスリン血症は、脳内のインスリン濃度を低下させ、アミロイドβの排出を阻害したり、肝臓でのアミロイドの分解に関与するインスリン分解酵素を取り合ったりして、脳内でアミロイドβが沈着する方向に働きます。

 

そこで、高インスリン血症を改善することで、アルツハイマー病の治療ができないかという研究がされています。インスリン感受性改善薬(高インスリン血症を改善する)であるチアゾリジン誘導体TZD(ロシグリタゾン)が、アルツハイマー病の認知機能低下の抑制効果を示したという研究があります。

 

<文献5>

Watson GS, Cholerton BA, Reger MA, Baker LD, Plymate SR, Asthana S, et al. “Preserved cognition in patients with early Alzheimer disease and amnestic mild cognitive impairment during treatment with rosiglitazone: a preliminary study,” Am J Geriatr Psychiatry, 2005; 13: 950-958.

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