センター方式でBPSDの改善が見られた事例
このシートを活用してBPSDの改善が見られた一例をご紹介します。
78歳男性の田中さん(仮名)は、2013年2月5日にアルツハイマー型認知症が進行したことによるBPSDの悪化で当院に入院しました。その数年前に、慢性硬膜下血腫の手術を受けており、その後糖尿病を発症していました。
BI(バーセルインデックス:日常生活動作〔ADL〕の機能的評価)で60点、長谷川式認知症スケールで8点、目立ったBPSDの症状として暴言や不穏、多動がありました。
この田中さんに対し、1日1時間程度のリハビリ、入院デイケアを行うとともにセンター方式シートを用いて1日の記録や本人の人となり、気持ちを書きだしていきました。すると田中さんは持病の糖尿病のために甘いものを制限されていることに強い不満を持っており、「こいつ(妻)に何を言っても(好きな物を)買ってこないから、自分で買いに行く」と怒りをあらわにしたり、「家に帰る」と言い張ったりしていることが分かってきました。そこで、スタッフは「一緒に買い物に行きましょう」と外へ連れ出し、しばらく散歩してから「今日は品切れだったので、また出直しましょう」と促すと、すんなり従いました。
また、どの時間帯に特に注意してケアすべきかを明らかにするため、「焦点情報」のカテゴリにある「24時間生活変化シート」で言動の記録をとりました(図表4)。これは夜間不穏や徘徊、昼間の不眠など、生活リズムの崩れや、BPSDが起こりやすい時間帯を知るために有効です。その結果、田中さんは午前中、血糖値の測定のときに大変不機嫌になり、暴言が増え、一方、3時のおやつに許可されたものを口にするときにはとても機嫌が良いことが分かりました。
こうした記録から、手厚いケアが必要な時間帯にはこまめな声かけをするなど工夫し、同年6月10日の退院時にはBI80点、長谷川式は8点で不変だったものの、BPSDの諸症状は軽快し、在宅でのケアに移行することができました。
チェックシートの活用で患者の人となりが見えてくる
こうしたシートの活用は、ケアに携わるスタッフや家族が本人のプロフィールやその時々の感情、思いを書き込むことで客観的に受け止め、どうしたら本人にとって良いのかを冷静に考えるのに非常に有効です。
それだけではなく、本人の残存機能、言い換えれば「可能性」を見つける役にも立ちます。
BPSDが出現すると、周囲からはとかく「手に負えない」「話が通じない」と思われる傾向があり、ケアにも消極的になりがちです。とにかくトラブルが起こらないようにしさえすれば、と本人の意思を無視して行動範囲を狭めたり、禁止事項を増やしたりしてしまうものです。
確かにBPSDのある認知症の人のケアは負担が大きいものであり、そうしたい気持ちも分かりますが、それが本人のストレスとなり余計に症状がひどくなったり、周囲は対応に追われ常にぴりぴりとしていなければならず疲弊したりして、結局は本人にも周囲にもメリットがないということにもなりかねません。
しかしシートに書き込みをしていくと、認知症の人が決して「何もできない」「何も興味を示さない」わけではないことがはっきりします。
朝の一杯のコーヒーを楽しみにしているとか、窓辺の鉢植えを眺めるのが好きなど、趣味や娯楽とまではいえなくても、本人が快いと感じる物事は実は意外とたくさん日常のなかに散りばめられているのです。
反対に本人が不快に思うような物事も、シートに記すことではっきりしてきます。例えば、「自由にさせてほしい」「自由に食べさせてほしい」というのが口癖だったりすれば、今の環境がその人にとってかなり窮屈に感じられている現れではないかと推察されます。こうした口癖も、周囲には「またいつもの愚痴を言っている」などと受け流されてしまいやすいものです。しかしそれを書き留めて“可視化”すれば、単なる愚痴と思える言葉もより良いケアのための立派な「情報」となるのです。