高齢者は複数のさまざまな病気を起こしやすい
高齢者はそもそも認知症の有無を抜きにしても、加齢によりさまざまな身体症状を起こしやすくなります(図表1)。
個人差はもちろんありますが、一般的に前期高齢者では骨関節の変形やそれに伴う関節痛、腰痛、しびれやむくみ、咳嗽(がいそう)や喘鳴、喀痰、視力低下、食欲不振や痩せなどが現れ、骨折や誤嚥性肺炎などの入院治療を必要とする疾患のもとになります。後期高齢者になるとこれらに加え骨粗しょう症や椎体骨折、嚥下困難や低栄養、尿失禁などの排尿障害も顕著になり、重度になると寝たきりリスクも増大するなど、ADL(生活動作)の低下を招きます。
加えて高齢者では、何か一つだけを患うということはまずなく、複数の疾患を抱え、訴えも多種多様かつ疾患の特徴をうまく表現できるとも限りません。例えば、本人は腰が痛いとか背中が痛いと訴えていても、骨や筋肉といった整形外科的な問題ではなく狭心症や大動脈瘤などの循環器系の疾患が原因だったということはよくあります。また、身体の痛みがきっかけで進行したがんが見つかるというケースも珍しくありません。
本人が自覚症状を的確に訴えることができたとしても、その症状が高齢者においては、必ずしも教科書どおりに現れるとは限らないことも多々あります。例えば、肺炎の一般的な症状とされる咳や高熱、白血球の増加も、高齢者の場合は50〜60%しか現れないといわれています。
こうした理由から高齢者医療は、認知症になっていなくとも非常にケアが難しい面があります。
「身体症状を併せ持つ認知症患者」が増加中
まして認知症があると、身体症状を起こしたときにその対応が遅れたり、身体症状の治療中に認知症状が悪化するなどの困難を伴いやすくなります。
認知症を有する人の大半は高齢者であり、かつ発症すると15〜20年かけて進行する、経過の長い疾患です。そのため経過中にさまざまな身体疾患や外傷を合併しやすくなります。これを総称して「身体合併症」といいます。身体合併症をもつ認知症患者は今後もますます増加することが見込まれています。
認知症患者が注意すべき主な身体合併症には、徘徊する患者にリスクの高い転倒や骨折、いわゆる廃用症候群に位置付けられる誤嚥性肺炎や褥瘡、急性心不全、不整脈、嚥下困難などが挙げられます。貧血や排尿障害、関節痛も程度により入院の対象になる場合があります。
認知症患者の身体合併症は、特に中等度から重度以降に現れやすいとされています。認知症が進んだ状態では症状があっても言葉で表現できないことも多く、発見が遅れがちになるのが問題です。
身体合併症はBPSDを発現、進行させやすい
身体合併症の発症は、短期的には行動心理症状(BPSD)を発現させる要因となることが知られています(図表2)。
多くの場合、身体疾患で急性期病院に入院直後は身体疾患の症状が重いこともあり、患者もおとなしくしている傾向が強いのですが、治療が進み身体疾患の症状が改善してくるとBPSDが出現し、治療やケアの継続に支障をきたすようになってきます。もちろん出現の有無や程度には個人差があり公の統計データはないものの、認知症患者の増加とともに深刻さを増してきたといえます。
BPSDが悪化する大きな要因としては環境の急変が挙げられます。病気で入院すること自体それまでできていたことができなくなることにはなりますが、家と病院とでは何もかも勝手が違うために、どのように行動したらよいか分からなくなるなど混乱が生じてしまいやすくなります。
数あるBPSDのなかでも特に「家に帰りたい」と訴え、手がつけられないほど暴れたりする帰宅願望や病室を抜け出してしまう徘徊が目立つとされるのも、環境が急に変わったために住み慣れた家に帰ろうとする気持ちの現れだと思います。
ほかにも対応困難になりやすいBPSDとしては、治療や処置を受けたがらず暴れたり、大声を出したりすることなどが挙げられます。
健康な人であっても病気や怪我で入院生活を余儀なくされればストレスを感じない人はまずいないでしょう。起床や就寝、食事時間も家とは違って一律に決められていますし、注射や点滴、投薬も苦痛を伴います。まして認知症の高齢者となれば大きなストレスとなってしまいます。それにより不安や恐怖、嫌悪などの負の感情が増大することも、BPSDを悪化させてしまうのです。
旭 俊臣
旭神経内科リハビリテーション病院 院長
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