80代まで就労していた母の遺産、6,000万円のはずが…
今回の相談者は50代会社員の森川さんです。先日亡くなった母親の相続を巡り、きょうだいが対立しているとのことで、筆者の事務所を訪れました。
森川さんの父親は20年以上前に亡くなっており、今回の母親の相続では、森川さんと森川さんの兄・妹の3人が相続人です。母親は80代まで医療関係の仕事を続けながら、単身用のアパートで質素な生活をしており、森川さんは母親本人からも「現金はかなり残してある」と、たびたび聞いていました。
「ところが、母が亡くなったあとに財産を確認したら、銀行の口座に2,000万円ちょっとしかなかったんです」
森川さんは、生前の母親から「きょうだいそれぞれ、2,000万円ずつ分けられるように残してある、安心して」と聞いていたため、不審に思って兄に尋ねましたが、兄は「知らない」の一点張りです。
納得できない森川さんは、妹と相談して預金の明細を入手しました。すると、ここ数年にわたり、3,000万円以上のお金が何回にも分けて通帳から引き出されていることが判明したのです。
驚いた森川さんと妹ですが、母親の生活状況から本人が使ったとは思えず、兄の手元に渡っているのではないかと疑いました。
「妹と2人で兄を問い詰めました。ですが、なにを聞いても〈知らない〉〈わからない〉とのらりくらりするばかりで…。でも、絶対おかしいと思うんです」
森川さんと妹は、兄に対して調停を申し立てました。
通夜・告別式の晩、母のアパートにこもった兄夫婦
現在までに、調停は4回行われました。しかし、森川さん姉妹の確認内容についても明確な回答はなく、まったく進展しません。これからどうすればいいかというのが、森川さんの相談内容でした。
筆者が詳細を聞いたところ、森川さんの兄は一般企業の会社員ですが、自宅ローンはすでに完済しており、賃貸アパートも2棟所有しているとのこと。
いままで何気なく聞き流していた兄の話も、思い起してみると、母親のお金が使われたのではないかと思える節があると森川さんはいいます。
父親亡きあと、母親はワンルームのアパートに引っ越してひとり暮らしをしており、兄家族とも同居していません。母親のアパートに顔を見せることなどなかった兄嫁ですが、亡くなった直後にアパートにやってきて、通夜から葬儀まではずっと夫婦で母親の家に泊まっていました。
以前から、母親の部屋の整理は四十九日が過ぎてからみんなでやろうと話をしていたのに、兄夫婦は通夜のときに勝手にあれこれ見て、通帳等も持ち出してしまいました。
森川さんの場合、相続税の基礎控除は4,800万円ですから、母親名義の預金だけでは申告は不要ですが、本来なら兄が引き出した預金も、相続財産として申告が必要です。
しかし、兄の協力がなければ遺産分割協議は行えませんし、もし納税が「連帯責任」となれば、姉妹だけで申告しても解決とはならないかもしれません。
頼みの綱の家庭裁判所の調停のほうは、まったく進展しません。調停員から裁判を勧められているとのことですが、弁護士を頼めば、時間はもちろん費用もかかります。
「私も妹も、兄の不誠実な態度が許せません。このまま終わらせてしまっては、納得できない気持ちです…」
しかし、裁判でできることにも限界があります。引き出されたお金を使ったのは母親ではないという証明ができなければ、勝ち目がありません。「グレー」では、兄が引き出して使ったという証拠にはならないのです。
法律の力を借りても、真実が解明できないこともある
本来であれば、兄に真実を明かしてもらい、引き出したお金も相続財産であると認めさせたうえ、3等分するべきなのでしょうが、兄の態度を見る限り、至難の業だと思われます。
筆者は、早期に解決してストレスから解放されるためにも「百歩譲ってしまう」のも選択肢だとアドバイスしました。残る2,000万円は妹と2人で分け、兄は相続しないという内容で分割協議ができるなら、引き出したお金は不問にするということです。
もし兄が認めないなら、そこで初めて弁護士を立てた裁判を考えてはどうかと提案しました。
争ったところで望む結果が得られない場合は、「損して得取れ」の方式で、速やかに終わらせてストレスを少なくする方法お勧めしています。理不尽さは残りますが、先の見えない泥沼にはまり込むよりましです。
一般の方々が抱くイメージとは異なるかもしれませんが、調停や裁判では、真実を確かめ切れないこともあります。
ストレスを抱えず、争いから離れることも解決のひとつなのです。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
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