本ニューズレターは、2022年4月15日までに入手した情報に基づいて執筆しております。
1. はじめに
2021年から、フェイスブックがメタバースに1兆円以上の巨額の投資をすることを発表し、社名もメタ・プラットフォームズ(以下「メタ」社)に変更したことをきっかけとして、日本でもメタバースに注目が集まるようになりました。メタバース関連のビジネスに進出する企業も増えています。もっとも、メタバースにおいてどのような法律問題があるかについては、新しい分野であることから当然とはいえ、まだ十分整理・検討されていません。
そこで、本ニューズレターでは、メタバースにおいて問題となる法律について概説し、メタバース関連のビジネスをするにあたって注意すべき点を、(上)(下)の2部にわけて、解説します。
2. メタバースとは
メタバースには明確な定義はなく、概念としても確立していないため、人によって想定するものが大きく異なり、メタバースと一口にいっても、その内容はかなりバラエティに富んでいます。単なるブロックチェーン・ゲームはメタバース・ゲームと呼ぶなど、メタバースという言葉を拡大解釈して使用しているような例も見かけられます。
本ニューズレターでは、メタバースの定義に深入りせずに、とりあえず、メタバースについて、VRなどを利用し没入感がある仮想空間において、ユーザが物理的な制約を受けることなく現実世界に近い体験、すなわち、アバターなどのアイデンティティを基点として、他のユーザとコミュニケーション、コンテンツの創作、売買などの経済活動ができるものを主に念頭に置いて解説します。
メタバースの実例としては、メタ社のHorizonシリーズや、独自のワールドを作成し、人々と交流できるVRChat、NFT化された土地が取引できるDecentraland、YouTubeのゲーム版ともいわれるRoblox、日本企業が提供するclusterなどが挙げられます。
メタバースには様々なタイプが考えられますが、あえてカテゴリー化すると、現時点では、図表①のタイプのいずれか、あるいはこれらを組み合わせたものがあります。
メタバースは、ユーザに高い自由度を認めるものが本質的要素であることから、分散型ネットワークであるWeb3.0とそれを支える技術であるブロックチェーンと非常に相性が良いと言えます。実際に、メタバースにおけるデジタル資産の取引では、ブロックチェーン技術を利用したNFTがよく利用されており、DAO(分散型自律組織)を採用しているプラットフォームもあります。もっとも、メタバースとWeb3.0、NFT、DAOは必ずしも結びつくものではありません。
3. 知的財産法
(1)総論
メタバースでは、仮想空間においてコンテンツが提供され、それをユーザが利用することになります。そのため、コンテンツ提供者とユーザとの間で、コンテンツの知的財産の利用についての取り決めが問題となります。
また、メタバースの世界で、何者かがコンテンツを無断でそれを利用したり、改変したりする行為をすることが考えられますが、そのような行為を知的財産権の侵害として排除できるかが問題となります。
例えば、米国の話ですが、エルメスの著名なハンドバッグである「バーキン」について、デジタルアーティストのMason Rothschild氏が、バーキンにカラフルな毛皮をあしらった「MetaBirkin」をネット上で公開・販売したところ、エルメスは、同氏に対して商標権侵害であるとして訴訟を提起しています。このような事件は、今後日本においても起こり得ます。
コンテンツの知的財産の侵害があった場合に関係する法律は主に著作権法、商標法、意匠法、不正競争防止法です。
もっとも、メタバースにおける知的財産においてはメタバース特有の問題がある点に留意する必要があります。メタバース特有の問題とは、リアルの商品の知的財産権を、バーチャル空間での侵害行為に及ぼすことができるのかという問題です(なお、サービスは概念的なものなので、リアルとバーチャルの区別が問題になることは基本的にないものと思われます)。
(2)契約法
メタバースでは、仮想空間においてコンテンツが提供され、それをユーザが利用することになります。その場合、コンテンツ提供者と利用者との間には、一般的には、ライセンス契約が締結されることになります。ライセンス契約は、コンテンツがプラットフォームで提供される場合には利用規約という形を取ることになります。
メタバースの世界では、アイテムを売る場合には、有体物を売るのではなく無体物であるデータを売ることから、売買契約ではなくライセンス契約を結ぶ必要があり、このライセンス契約には通常の売買契約と異なるポイントがある点に注意が必要です。
(3)著作権法
(i)著作物性
まず、著作権について考えてみると、例えば、キャラクターを描いた絵は著作物として保護されるので、メタバースの世界で、ある著作物に依拠して、同一・類似のものを再現したり、公開することは著作権侵害となります(再現は複製権の侵害、公開は公衆送信権の侵害となります)。
もっとも、武器などのアイテム、アバターの服・靴などのファッション、家具などの実用品については、そもそもリアルの世界においても、著作権が生じるか否かについて、判例・学説でも見解が分かれています(応用美術が著作物にあたるのはどのような場合かという問題設定がされています)。
例えば、特徴的な子供用の椅子が問題となったTRIPP TRAPPⅡ事件の知財高裁判決では、作成者の個性が発揮されていれば著作物性が認められるとして、椅子の著作物性が肯定されていますが※1、その後に判示されたものを含めて、著作物性の判断において実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となり得るような美的特性を要求し、実用品や工芸品の著作物性を否定する裁判例が多く存在しています。このように、実用品については、そもそも著作物として認められない可能性があります。
※1 知財高判平成27年4月14日判時2267号91頁
(ii)リアルワールドを再現する場合
また、メタバース内にリアルワールド(現実世界)を再現し、その中で実際の建物や美術品を再現する場合、建物や美術品が著作物である場合があることから、これらの著作権者の許諾を得ないといけないのかが問題となります。
この点、著作権法46条は、「①美術の著作物で原作品が屋外に恒常的に設置されているもの又は②建築の著作物は、方法を問わず利用できる」と定めており、若干の例外はありますが、①及び②にあたる場合には、著作権者の許諾がなくても利用ができます。
もっとも、①及び②にあたらない場合、例えば、広告物のようにキャラクターを描いた絵が建物に設置されている場合もあり、その場合には、その絵は、美術品の現作品や建築物ではないため、上記の著作権法46条の適用はありません。しかし、そのような場合であっても、「映り込み」であれば、著作権者の許諾がなくても利用できるとする著作権法30条の2の規定によって適法に利用することができる可能性があります。
この映り込みについての著作権法30条の2の規定は令和2年の著作権法の改正により、その適用範囲が拡大されたものですが、映り込んだ著作物が、全体からして軽微であり、メインの著作物を複製・伝達する際に付随的に利用するにすぎない場合には、著作権者の許諾がなくても利用することができます。ただし、正当な範囲での利用であることや、著作権者の利益を不当に害しないことが求められます。
メタバースでは、仮想空間の中を自由に動き回ることができることから、映り込んだ著作物を目の前で見ることも可能であり、「軽微」ではないという指摘もあるかもしれません。しかし、それは映り込んだ被写体を虫眼鏡で拡大するのと同じであって、全体からして軽微であれば、著作権法30条の2の適用を受けることができると解するべきと考えます。
なお、商標が映り込んでいたとしても、後述の通り、商標的使用にあたらないので、基本的には商標権侵害にもならないと考えられます。
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