老舗醤油会社が目指したISO認証取得
■社長交代で経営近代化
和文氏は収益が改善すると、資金を設備投資にあて、工場を近代的設備に変えていった。このことが下津醤油に幸運をもたらす。従来から原料購入で取引があった大手製粉会社から、実験室段階で成功している新しい醤油用原料や醸造調味液を実験的に工場生産したいが協力してくれないかとの話が持ち込まれたのだ。
経営内容に加え、生産設備や従業員の質、調味液の生産実績などが評価されたからだ。大手製粉会社から技術者がやってきて、下津醤油の工場長以下と生産を軌道に乗せるための奮闘が続いた。こうして製造ラインに乗ることになった新商品は、大手製粉会社向けのOEM生産ではあるが同社の主力製品となっていった。
そうした時期に、大阪の簿記専門学校を終えた下津家十六代目の現社長の浩嗣氏が帰ってきた。工場の現場に入って会社のことを肌で理解する一方、父親の友人の誘いもあり三重同友会に入会、経営の勉強をする。家付き娘の母親譲りなのか、果断で行動的との印象を受ける。
2002年、同友会の勉強会で、こういう話が耳に飛び込んできた。
「これからの食品メーカーはISO9001を取っておかないと持たないぞ」
設備の更新を進めているところでもあり、専務だった浩嗣氏は父親の和文氏と話し合い、早速、この品質・生産管理に関する世界レベルの規格ISO認証取得に取り組む。
先々代の泰蔵氏が有機化学の技術者だったこともあり、工場長はじめ従業員教育がしっかりしており、04年にはISOを取得。このISO取得をきっかけに5S(整理、整頓、清掃、清潔、しつけにより、仕事の質を高め、チーム力を向上させようというもの)活動や改善提案活動にも取り組み、社員が着実に育っているという。
今後はどうか。09年に社長に就任した浩嗣氏はこう語る。
「当社程度の規模の会社にとり海外は勝負する市場ではないと考えています。むしろ三重県内、大阪や名古屋まで見回すと、まだまだうちの製品が入り込む余地がたくさんある。うちの味を生かして地道に売り上げを積み上げていくだけで100年とは言いませんが、数十年は成長していけるのではないかと考えています」
老舗企業の経営者らしい、地に足が着いた考え方である。こうも語る。
「それに業務用の調味液に力を入れている間に、地元の消費者に当社の醤油ブランド『キューボシ』が忘れられてしまった面がある。2011年、18年と弊社の『特級しょうゆ』が農林水産大臣賞を受賞したこともあり、この地域にもそうした優れた商品をつくる誇れる会社があると知ってもらう一方、高いけれどもいい醤油を地域の人たちにあらためて使ってもらえるような取り組み、例えば近隣住民に参加してもらう年2回の工場感謝祭などを始めています」
これらは社員の提案を受け入れてのものだという。同友会企業らしく、ほかにも地域回帰への取り組みとして、専修寺寺内町の賑わい回復のために、浩嗣氏は「あかり屋」という名のレストランや宿泊施設などを運営する会社の社長も兼任している。ただし経営的には、こちらはまだ努力が必要のようだ。