太りやすいか否かは「マイクロバイオータ次第」
ここで少し話を変えて、肥満マウスを用いた実験について見ていきたいと思います。
遺伝的に肥満しやすい実験マウスがいます。レプチンという食欲を抑えるホルモンを作る遺伝子がたった1ヵ所違うだけで、永遠に餌を摂り続け、通常マウスの3倍もの体重になります。
この肥満マウスの腸内にいるマイクロバイオータと通常マウスのマイクロバイオータを比較したところ、肥満マウスには通常マウスの半分ほどしかバクテロイデス菌がおらず、ファーミキューテス菌が増えていることが分かりました(*文献1)。
<*文献>
1 Ley, R. E., Jeffrey I Gordon et al. “Obesity alters gut microbial ecology.”, Proc. Natl Acad. Sci. USA 102, 11070–11075(2005)
この実験結果は非常に有名で、この研究結果を元にバクテロイデス菌のことを「やせ菌」、ファーミキューテス菌を「デブ菌」と言うようになりました。そして、これはマウスだけではなく人にも当てはまることが分かってきました。太った人にはファーミキューテス菌が、やせた人にはバクテロイデス菌が多かったのです。
しかし、これだけでは微生物が肥満マウスやヒトを太らせたとは言えません。カロリーや糖質、脂質を摂りすぎた結果として微生物の存在量比率が変わったかもしれないからです。そのことを証明するために、同じグループは次のような実験を行いました。
肥満したマウスのマイクロバイオータを、マイクロバイオータを持たない無菌マウスに移植したところ、やせていたマウスは食事や運動習慣に変化がないのに体重が増えはじめました。
つまり、マイクロバイオータが変わるだけで健康なマウスに体重増加が起きるという驚くべき事実が報告されたのです(*文献2)。
この文献は2006年に『Nature』に掲載されたもので、それまでのマイクロバイオータに対する認識を一変させるほどの衝撃的な発表でした。「肥満」という体質がマイクロバイオータによって伝染したのです。この実験はヒトの栄養についての考え方に革命をもたらしました。
<*文献>
2 Turnbaugh, P. J., Jeffrey I Gordon et al. “An Obesity-Associated Gut Microbiome with Increased Capacity for Energy Harvest.”, Nature 444. 7122(2006):1027-31.
さらには、無菌マウスに肥満マウスのマイクロバイオータを移し、別の無菌マウスには通常マウスのマイクロバイオータを移して、どちらのマウスにも同量の餌を与えた比較実験もあります。14日後、前者の無菌マウスは太り始め、後者の無菌マウスは体重の変化はありませんでした。マイクロバイオータが太るか否かの体質を決めたということです。
その後の研究で、ファーミキューテス菌には、脂肪の吸収率を上げることが分かってきました。それだけではなく、吸収されたエネルギーを脂肪細胞に貯蔵するよう命令する働きもあることが分かっています。つまり、「デブ菌」は、私たちの食事からどんどんエネルギーを吸収するだけではなく、脂肪として貯蔵しようとするのです。