よいインフレと悪いインフレがある
■インフレとは?
一方、インフレです。こちらはインフレーションの略語で、『広辞苑』には〈(通貨膨張の意)通貨の量が財貨の流通量に比して膨張し、物価水準が持続的に騰貴すること。その原因により需要インフレ・コストインフレなどに分類される。〉と記されています。
私が社会人になった1970年の前後、アメリカでは増大するベトナム戦争への軍事支出と設備投資で景気が過熱し、インフレが拡大していました。アメリカは基軸通貨国であるため、各国へインフレが波及し、日本も例外ではありませんでした。物価の高騰が続きのちに「狂乱物価」と呼ばれました。
物価だけ見ると大変な印象がありますが、当時は給与も毎年上がっていました。私の記憶だと物価以上に給料は上がっていたと思います。そう考えると専業主婦感覚で言えば、「いや、明日もっとこれが値上がりする。困る」というのは当然です。しかしながら、1年経過してみると、「あ、これだけ亭主の給料が上がりました」ということで、物価の上昇を給料の上昇で補えてしまうということです。
当時の日本は物価は上がりましたが、給料の上昇に支えられたわけです。しかも給料が上がり続ければ、将来の見通しが立てられます。つまり「給料は来年ももっと上がる。じゃあ、もう借家はやめて家を建てようかな。ローンを組もうかな」のようなことです。要するにみんな前向きな気持ちになれる。インフレの場合、こういう循環をもたらす側面があります。
■悪性インフレとは?
インフレの好ましい側面を述べましたが、悪性インフレ(ハイパーインフレ)は違います。悪性と言われる所以は、極めて短期間にダーンと貨幣価値が下がって、物価が急激に高騰する激しさからです。主たる原因として挙げられるのは貨幣や国債の乱発です。とくに戦時下に、戦費の調達のために大量の紙幣を発行して悪性インフレに陥ったケースは複数あります。
戦費調達が原因ではありませんが、第一次世界大戦後のドイツでは札束を山積みにしても、やっとミルクが買えるという事態、まさに悪性インフレに陥っていました。
こういう現象を挙げて「インフレはけしからん」と言う人がいますが、このドイツの例は特殊です。
当時のドイツは第一次世界大戦の敗戦のためボロボロで、しかも戦勝国への賠償金が物凄い額でした。なおかつ国内は共産主義者がどんどん台頭していましたから、政治的にも混乱の極みでした。こういう状態ではまともな政策も展開できません。結局、紙幣を刷ってそれで賠償金を払うしか方法がありませんでした。
紙幣をどんどん刷ることで激しく貨幣価値は下がっていって、ますます賠償金の負担が厳しくなる……完全な悪循環です。
1990年代前半の南米ブラジルもひどいインフレでした。タクシーに乗ると、メーターの表示が通貨単位のクルゼイロではなく、数字が1、2、3と上がっていきました。それでドアの窓にステッカーが貼ってあって、1は何クルゼイロ、2は何クルゼイロと記されていました。このステッカーは貼り替えられるようになっていた。つまり、インフレがひどいので、メーターに金額表示をしていたら貨幣価値下落のスピードに追いつかないのです。それでこのステッカーを貼り替えることにしたらしい。
また買い物をする際、現金ではなくクレジットカードで払おうとすると、値段が20%高くなりました。要するに引き落としの間までに貨幣価値が落ちてしまうのです。
この1990年代前半のブラジルと第一次世界大戦敗戦後のドイツのインフレはかなり似ており、パターンは同じでしょう。お金を刷って刷って刷りまくったという、でたらめな金融財政政策の結果とも言えるわけです。
さらに、ブラジルの場合は通貨のレートも原因になりました。ブラジルの通貨が信用をなくしたとなると、ドルに対してクルゼイロは暴落します。暴落すれば、外国との取引、つまり原材料から完成品に至るまで、それから食料品も輸入するものはすべて高くなります。
例えばブラジル国民で100レアル(現在のブラジル通貨はレアル)もらっている人が、それまでは1ドル分の食料とか輸入原料を買っていたとします。それが通貨価値が暴落すると、一夜にしてもう1セントぶんくらいしか買えなくなってしまう。そういうことになります。
だから通貨価値が暴落するのは恐ろしいことです。ただ変動相場制であるかぎり、その宿命はどこにでもあるかもしれない。