従業員や地域社会に貢献する「公益資本主義」
■「株主資本主義」から「公益資本主義」へ
――なるほど。だから、その「配当金の引き上げ競争」を止めさせれば、私たちの給与が上がる余地が出てくる、というわけですね。
藤井 おっしゃる通り。で、岸田さんは、この構造にメスを入れて、国民の給料を上げていくんだというビジョンを主張しているんです。これこそ、岸田さんが総裁選のときに何度も訴えていた「分配」の問題で、企業の利益の「分配」のあり方を変えていくことで、国民の所得を倍増していくんだと主張したわけです。
僕も安倍晋三内閣の内閣官房参与をやっていたとき、この点を問題視してなんとか「分配」のあり方を変えるように、官邸や自民党の人たちにあれこれ提案していたんです。僕が考えていたのは、要するに経営者たちが、株価の上下にあまり惑わされないような仕組みに、法律や政令を使って変えていくべきだというものでした。
たとえば、企業の業績報告を行うタイミングを年間四回やっているのがスタンダードなところ、これを一回にしようとか、株主が配当金で儲けた分にかかる税率を高くして、配当金で儲けようとする株主たちの動機を削いでいこうとか提案していました。
そして、政府は今でも、配当金について「目標」を掲げて、ある一定以上の配当金を支払いましょう、なんてことを企業に奨励してるんですが(細かい説明は省きますが、ROE8%目標なんていうのがそれにあたります)、そんな目標を撤廃しようってことも主張しました。
それで、当時の自民党の政調会長、つまり、自民党の政策全体の取りまとめ役が岸田さんだったんです。だからその岸田さんにも直接、この話を何度もしたことを覚えています。さきほど紹介したグラフも、岸田さんにご説明したときに使ったものです。
岸田さんはこの問題に大いに関心を持たれて、これはなんとかしなきゃいかん、と当時もかなりおっしゃっていました。こうした当時の議論が、今の岸田さんの「所得倍増」論につながっていったわけです。
――そうなんですね! いわば岸田ビジョンの産みの親が藤井先生だった、ってことなんですね。
藤井 もちろん僕だけじゃなくていろんな人がこの問題は指摘していましたから、原丈人内閣府参与などと岸田さんには何度も会いに行ったりしました。だから、私個人の提案っていうより、「私たち」の提案が今の政権の経済政策に取り入れられることになったという話だと思います。
当時から私たちは、今の日本のように、株主を過剰に重視する資本主義を「株主資本主義」といって強く批判したんです。株主だけを重視するのではなく、労働者や地域社会にも配慮すべきという意味で、そういう資本主義を「公益資本主義」と呼んで、これをやるべきだと。
いわば、日本で古くからいわれている「三方よしの精神」、つまり「売り手よし、買い手よし、世間よし」の精神を、日本の企業は持たなければならず、そうすることで、株主だけじゃなくて、みんなが豊かになるんじゃないかと主張したわけです。
■株主の取り分を労働者に「分配」するだけでは……
――確かに5倍にもなっていった株主たちへの配当金を減らして、それを従業員たちに「分配」していけば、私たちの所得は2倍くらいにはなりそうですよね!
藤井 もちろん、そうすれば私たちの所得は増えていくことは増えていきます。でも、そんなに単純なものでも……ないんです。なぜなら、「分配」のあり方をどれだけ変えたとしても、ただそれだけで私たちの給料を「2倍」にするのはちょっと無理だからです。
そもそも、配当金の総額っておおよそ、たとえば東証一部の法人企業トータルで10兆円程度にしかなりません。仮にこの「すべて」を労働者全員に分配しても、私たち労働者の給料は年間15万円程度の増加にしかなりません。これでは2倍どころか、数%の増加にしかなりません。政府がコロナ不況対策ということで国民一律10万円を配布しましたが、あれとさして変わらないという話です。
――ああ、なるほど……。あの給付金はすごくうれしかったけれど、私たちの所得が2倍になんて到底ならなかったですよね。
藤井 なぜそうなってしまうのかというと、株主たちの数は日本国民のごく一部だけなんだけど、労働者はそれこそ7千万人近くもいるわけですから、岸田さんがいう「分配」の問題を少々いじるだけでは、7千万人近くもいる私たちのような普通の働く人たちの所得が倍増することなんてあり得ないんです。
藤井 聡
京都大学大学院工学研究科教授 元内閣官房参与
木村 博美
フリーランスライター
【オンライン開催(LIVE配信)】希望日時で対応(平日のみ)
「日本一富裕層に詳しい税理士」による無料個別相談セミナー
富裕層の相続対策から税金対策の悩みを一挙解決!
詳しくはこちら>>>
↓コチラも読まれています
ハーバード大学が運用で大成功!「オルタナティブ投資」は何が凄いのか
富裕層向け「J-ARC」新築RC造マンションが高い資産価値を維持する理由