上司の間違いを、部下が気軽に指摘できる環境がいい
病院で新しい治療法を導入したときに僕が感じたのは、変化に対する抵抗心でした。人には、そう簡単に変わりたくないという心理があるようです。
もちろんやり方次第だと思いますが、一般的に外から来た人間が新しいことを始めるときはどうしてもスムーズにいきませんし、なかには、どんな内容であってもとにかく現状を変えたくないと思う人が出てきてもおかしくありません。この経験で、僕は、人間の心理を理解しなければ組織運営はできないということをあらためて実感しました。
畑村洋太郎氏の著書『失敗学のすすめ』でも、「人は失敗を忘れやすい」「人は失敗を隠したがる」「人は他人の過ちを注意しにくい」などの人間心理が、多くのヒューマンエラーを引き起こしていることを紹介しています。
人の心理を理解しておかなければ、職場やチームで大きな過ちを引き起こすことになったり、同じ過ちを繰り返したりしてしまうのです。
こんな話があります。飛行機事故の統計を分析してみると、副操縦士が操縦桿を握っているときよりも、機長が操縦桿を握っているときのほうが、はるかに多く墜落事故が起こっているというのです(※1)。機長のほうが経験も技量も上のはずなのに、です。これは、操縦桿を握っていない人が、相手の間違いを指摘できるかどうかにかかっているのだそうです。
※1『世界で最もイノベーティブな組織の作り方』山口 周著、光文社新書
副操縦士が操縦しているときは、機長は副操縦士の行動に違和感があったら、すぐに指摘できます。しかし、その反対の場合、機長の操縦に「あれ?」と思っても、副操縦士としてはなんとなく声を上げにくいということがあるようです。
自分より目上の人に対して反論したり、意見を述べたりするのは、日本社会では特に難しいことだといわれています。でも、どんな人であっても失敗することはあります。
人間に「絶対」はありませんから、失敗は必ず起こり得るという前提をまず上の人間がもつことが大切だと思います。そして部下の側も「あ、そこ、違うんじゃないですか」と気軽に間違いを指摘でき、自分の意見や考えを言える環境をつくることが大事なのです。そういう現場では失敗も起こりにくくなるはずです。
僕は、病院でスタッフの不満や不安、改善点を拾うためにボトムアップのミーティングを行っています。また立ち話でも経営陣と気軽に話せる環境をつくるようにしていますが、そういう場ではいろいろと具体的な意見が出てきて参考になっています。
例えば看護師から、サービス残業をしていると聞いたことがありました。上司たちもサービス残業をしているため、どうしても残業時間を正しく申請しにくいというのです。そこでガバナンスを統一して院内ルールをしっかり決めることにしました。また、現場からの意見でカルテの運用方法を見直すなど、不満や不安、改善点があればすぐに耳を貸すようにしています。
聞いたからといってすぐに対応できないこともありますが、まずは困ったときに言い出せる職場であることが大事だと思っています。そうすることで職員のモチベーションも上がり、結果的にミスや手違いも減っていくのです。
相手の心理を理解することが大きな失敗を防ぐということで思い出すのは、松下幸之助氏のエピソードです。松下氏は大きな失敗をした部下に「一度目は経験、二度目は失敗」と言って許したそうです。
「きみな、一回目は経験だからな。たいへん高い経験をしたな。しかし、二度くり返したら、きみ、これは失敗というんだぞ。二度と犯すなよ」(※2)
※2『感動の経営 ちょっといい話』PHP総合研究所編、PHP文庫
厳しい処分が下ることを覚悟していた部下はその言葉に驚き、涙を流したといいます。失敗を貴重な経験として活かすという考えを上の人間がもっていれば、下の人間もその失敗から学び、「次は絶対に成功させてやる」と大いにやる気を燃やすはずです。
郭 樟吾
脳神経外科東横浜病院 副院長
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