(写真はイメージです/PIXTA)

本連載は、武者リサーチが2022年2月7日に公開したレポートを転載したものです。

米国労働市場の「格差縮小」が示唆する今後の流れ

この賃金格差の縮小は、イエレン財務長官の持論である高圧経済(需要が供給力を上回る)のポジティブな側面が表れたものともいえる。

 

需要が各セクター均等に増加すれば、生産性の伸びが高い部門で賃金上昇が低くなり、生産性の伸びが低い分野で賃金上昇が高くなる。それはセクター間の物価上昇率格差をもたらし、部門間の所得配分を変化させることになる。

 

[図表5]にみる1980年代以降米国のセクター間の生産性、単位労働コスト、産出量、雇用者数、賃金の推移は、セクター間の賃金上昇率格差とインフレ格差が、セクター間の所得再配分を引き起こし、経済成長を推進した姿がうかがわれる。

 

1980年以降、生産性の伸びが高い製造業の雇用が減少し、製造業の産出は低迷したが、生産性の伸びが低い非製造業の需要が拡大し、それが経済拡大をけん引した。

 

非製造業は生産性の伸びが低く、賃金上昇が生産性の伸びを上回り続け、単位労働コストは大きく上昇したが、そこで生まれた総需要が経済拡大をけん引した。

 

つまり製造業の生産性上昇の果実がインフレ格差によって非製造業に移転し、そこで追加需要が引き起こされたのである。

 

現在、同様のことが高スキルの情報産業と低スキルのサービス産業との間で起こっている。端的にいえば、GAFAMでもたらされた生産性上昇の果実が、賃金上昇率格差の是正によって低スキル労働の賃金上昇に結び付き、そこで新規需要が創造されているということである。

 

このように考えると、今米国市場で起きている格差縮小は、新しい労働環境のもとでの労働力配置の最適化に結びつく流れ、ともいえそうである。

 

[図表5]米国のセクター別労働生産性、単位労働コスト、生産、平均就業時間、雇用者数、平均時給の推移
[図表5]米国のセクター別労働生産性、単位労働コスト、生産、平均就業時間、雇用者数、平均時給の推移

金融政策への含意、利上げは注意深く緩慢に

FRBが昨年末から急きょ打ち出した超金融緩和の終焉、テーパリンクの開始と利上げの開始が、市場をかく乱している。

 

それまで2022年2~3回の利上げと安心しきっていた市場は5~6回の利上げへと見通しを急修正し、長短金利の上昇と株価の急落を引き起こした。FRBが物価の読みを見誤って後追い(behind the curve)に陥り、急ブレーキが必要だとするタカ派的見方も台頭している。

 

しかし、先にみたように賃金上昇は局地的で、職種別賃金格差が縮小しているという事実は、1970年代のような、全般的な労働需給のひっ迫が賃金とインフレのスパイラルをもたらすという条件にないことを示している。

 

伊藤隆敏コロンビア大学教授は、「年前半に2~3回利上げしてその後は様子を見る」(2月3日付 日経新聞)と述べているが、妥当な見方と思われる。

 

2%程度のインフレが、セクター間での所得再配分をもたらし経済成長を実現する、そのためには積極的財政・金融政策が必要という成長政策の重要性を米国経済の指令塔、イエレン財務長官、パウエルFRB議長は深く理解している、と考える。

 

 

武者 陵司

株式会社武者リサーチ

代表

 

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