(※写真はイメージです/PIXTA)

老人ホームに親を入居させたからといって、親から解放されるということはありません。深夜に老人ホームから呼び出されることもあり、在宅の時と変わらない対応が求められます。老人ホームの裏の裏まで知り尽くす第一人者の小嶋勝利氏が著書『間違いだらけの老人ホーム選び』(プレジデント社刊)で解説します。

老人ホームに親を入居させて終わりではない

3次救急の医療機関では、すでに死亡している患者の死亡診断書は書けないということになり、結局、警察の介入ということになりました。私は、介護職員からの連絡を受け、深夜、車で搬送先の病院に駆けつけ、ご家族とともに警察の到着を待つことにしました。その間、次のようなやり取りをしたのを覚えています。

 

救命救急センターの医師から「老人ホームには、専門の医師がいるのではないですか? 死にそうな高齢者をここに連れてこないでください。はっきり言って迷惑です。ホームの医師に診てもらえばいいでしょ。ここは、一刻を争う患者さんが運ばれてくるところなんですよ」と言われました。

 

この医師は、次のようなことを言いたかったのだと思います。100歳近い高齢者が死にそうになったからといって、救命救急に来られては困る。自分たちが救わなければならない命は、寿命がきている高齢者ではない。老人ホームには、専属の医者がいるのだから、わざわざ病院に連れて来なくても、老人ホームの医師に診てもらえばいいじゃないですか。

 

少し、乱暴な主張ですが、私はこの医師の言い分も理解できました。たしかに、この救命センターは、当該地域の多くの住民の救命を支えています。そして、深夜にもかかわらず、ひっきりなしに救急車が出たり入ったりしています。多くのスタッフは、センター内を走り回り、緊張感が漂っています。この医師は明言こそしませんでしたが、そこには明らかに、自分たちが救命しなければならない命には、優先順位があり、寿命がきている高齢者の命ではない、ということを言いたかったのだと思います。

 

しかし、高齢者を預かっている私の立場としては、言われっぱなしではいられません。し
かも、相手が間違った理解をしていると思い、次のように反論しました。

 

老人ホームには、医師は常駐していません。老人ホームは、法的には自宅と同じ位置づけなので、入居者各自に、かかりつけの主治医がいるだけです。その主治医は2週間に1回の割で訪問診療に来ています。

 

今回は、その主治医から「速やかに救急車を呼んで病院に搬送しなさい」という指示が出たので、私たちはその指示を遂行したにすぎません。3次救急の救命救急センターとして、このような患者は救急搬送されては困る、というのであれば、われわれ介護職員に言うのではなく、医療業界で協議することではないでしょうか? 私たちは、あなたと同じ医師から救急搬送をしなさい、と言われたのでしているまでです、と。

 

結局、翌朝というよりもその日の朝、救命センターの医師から私宛に次のような内容のメールが届きました。メールの内容は、自分は、老人ホームは病院と同じで、医師や看護師が常駐していると思っていたが、そうではなかったことを知り、誤解のあった発言をしたことに関する詫わびとともに、地域の3次救急で医療従事者として使命感を持って働いている自分たちの立場も理解してほしい、ということでした。

 

つまり、限られた人員で不特定多数の患者の命を診ているため、やはり優先順位というものがあることに対し理解をしてほしい、というものでした。

 

このメールをきっかけに、お互いの立場を理解することも必要だということになり、当該病院から、何度か救命救急チームの看護師がホームに来て、救命救急についての勉強会を開催してもらったことを思い出します。

 

その時、救命救急チームの看護師から「老人ホームって、もっと気楽なところだと思っていたけど、病院にいてもおかしくないような重篤な患者さんもたくさんいるのね。いつ亡くなってもおかしくないような人のケアを、介護職員が中心になってやっていることに驚いたわ」と言われたのが印象的でした。

 

話を戻します。このような理由から、たとえ老人ホームに親を入居させたからといって、親から解放されるということはありません。在宅の時と何ら変わらない対応をしなければならないということを、まずは、覚えておく必要があります。

 

親を老人ホームに入れたとしても、家族が楽をできることは少ないということです。勘違いをしないでください。
 

 

小嶋 勝利
株式会社ASFON TRUST NETWORK 常務取締役

 

 

※本連載は小嶋勝利氏の著書『間違いだらけの老人ホーム選び』(プレジデント社刊)から一部を抜粋し、再編集したものです。

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