「労使対等」が中小企業家同友会の基本
日本社会を構成する多くの組織は戦後から遠ざかるに従い、明治政府によって強烈に刷り込まれた戦前的思想への回帰の潮流に流され、そこに90年代以降アメリカ渡来の市場原理主義が接木されて閉塞状態に陥りつつあるように見える。
そうした状況下、数ある中小企業団体、のみならず経済団体の中で、ほとんど同友会組織のみが若々しい運動体としての活力を保持しえているのは、実のところ「リンゴの唄」や「青い山脈」が声高に歌われたころの、日本社会再生に向けての民主主義や個人主義、理想主義などの清新な遺伝子、つまり歴史に錬磨されながら培われた運動の原則を今日なおその組織の中に強く保持しているからではないかと思われてならない。ここまで振り返ってみると、そうした思いを強くする。
ドラッカー教授はその著『マネジメント─基本と原則』において「組織をして高度の成果をあげさせることが、自由と尊厳を守る唯一の方策である。その組織に成果をあげさせるものがマネジメントであり、マネジメントの力である」と、まえがきで記している。中小企業のマネジメント集団である同友会が展開している運動のありようは、このドラッカー教授の考えとも通底していると言っていいだろう。
同友会運動の発展を考える場合、先の3原則と並ぶ「道標」とされる「労使見解」を見落とすことはできない。同友会ではこれからの時代を目指す企業像として、「21世紀型中小企業づくり」を提起しているが、その基本になるのが「労使見解」の学習とされていることからも、その重要性が理解できるであろう。
『中同協30年史』によると、この「労使見解」は1975年1月の中同協第5回幹事会で「中小企業における労使関係の見解─中同協」として最終的に採択され、広く会の内外に発表され反響を呼んだとされる。
労使問題は、日本中小企業家同友会が結成されてまもない57年から連綿と内部で検討が続けられてきたもので、戦後長らく続いた総労働対総資本というイデオロギー対決の時代状況を反映して、一時は自社内の労使紛争激化から会社を畳もうかと悩む会員経営者も出るほどで、同友会にとっては解決が迫られるきわめて大きな問題だった。
中同協前会長(2007~17年)の鋤柄修氏は「労使見解」ができるまでの経緯を、「われわれの先輩は厳しい労使対立が続く中で、いたずらに争ってばかりいてはダメだ。会が民主を訴えているのだから、民主的に話し合おう。雇う側、雇われる側と立場は違うが対等に、可能な限り労働条件を話し合いで決めていこうということで、その前提となる労使見解を明文化しようということになったのです」と語っている。
1985年から中同協幹事長、会長を22年間にわたって務めた赤石義博氏(故人)は、労使紛争に直面した経営者の一人だが、「労使見解」がいかに企業経営において意味があるかを、その著『人間尊重経営を深める』の中でごくわかりやすく説明している。
「この『何のために経営するのか』には、大きく二つの道があります。もし自分もしくは自社の儲けのためにだけ事業をやろうとしているなら、社員や客はその金儲けのための補助員に過ぎなくなるわけですから、こき使うだけこき使って倒れたらポイと捨ててしまう。ノルマを達成しなければ能力の低い人間だからと解雇してしまう。
正論をいう社員は、社長に逆らう不良社員というレッテルを貼ってやめさせる。(中略)社員を利益追求の補助員としか見ていなければ、社員もそのことに気がつき離れていくでしょう。残るのは金さえ貰えばいいという無気力な社員だけで、そんな企業に未来はないでしょう。(中略)
(対して)社員との関係では、社員は仕事を通じて社会に貢献する最も信頼できるパートナーになり得る同志であり、共に学び合うことにより、共に人間として成長し合える仲間であるとも確信している。その確信を現実のものにするために、学びあう場や時間をしっかり設定し、また何でも話し合える風通しのいい明るい職場づくりを心がけている。こうした職場では、社員はのびのびと働き、アイディアなども自然に出てきます。こういう企業には未来が拓けていくのは当然です」
同友会が推進している「経営指針成文化」運動で、「労使対等」という考えが受け入れられず脱会せざるをえない会員がいるという話はすでに記したが、仮に脱会者が出ても絶対に妥協しないのはやはり「労使見解」が同友会運動の基本だからに違いない。もっとも経営指針成文化に関しても、その核となる「経営理念・基本方針」等の成文化が会員間に広く浸透しているかといえば、東京中小企業家同友会の2018年度上期の調査では「経営理念・基本方針等について特に決めていない」という会員がいまだ14・9%存在するという。
また、セミナー受講者で「よい経営者になる」ことを明言している人の中にも、社会的な規範を破っても割合平気な経営者もいないでもない。同友会らしさを体現しようと懸命な人が圧倒的に多い中で、残念ながらそうでもない会員も散見すると言わざるをえない。
それはともかくとして、これまでに記した3つの理念をベースに、経営指針書の成文化とそれに付随した学習、共同求人から始まって新卒採用、各段階での「共育」といった活動が、一方で会員に交友関係、つまり情報網の広がりをもたらし、また一方で経営面でのプラスをもたらしていることが、景況感のいまいちはっきりしない中でも、同友会全体でみると着実な会員数の増加をもたらしていると言っていいだろう。
清丸 惠三郎
ジャーナリスト
出版・編集プロデューサー