(※画像はイメージです/PIXTA)

「人を殺して自分も死のうと思った」という事件が続発しています。「自殺したい」、あるいは「人を殺したい」という気持ちも、人は心のどこかに宿しています。そうした感情はなぜ表に出てくるのでしょうか、精神科医が著書『シン・サラリーマンの心療内科』(プレジデント社、2020年9月刊)で解説します。

未来を言い当てる統合失調症者

アメリカ大陸を発見したコロンブスのパトロンであったスペイン女王イサベル1世の次女、フアナ・ラ・ロカは、統合失調症であったと伝えられる。幻覚や妄想に操られ、何をするかわからない恐ろしい病気と思われやすいが、彼女が女王に在位した頃がスペインの歴史上、最もよく統治されていたと、ゴヤの研究で有名な堀田善衞が言っていた。

 

王家には、この病に陥る人々が少なくない。この病になりやすい人々はどこか神に近い雰囲気を醸し、発する言葉も超越的であることが多い。ただ、疲れやすく過敏な魂の持ち主であることが多く、失調しやすい。そして失調すると幻覚や妄想が出現し、病とされる。

 

対人的な緊張の少ない環境では大きな失調をせず生き抜いていけることがあり、社会の片隅で密かに生き抜くこともまれではない。それでも統合失調症という病のイメージは決して良いものではない。それは、何か物騒な事件に関連した時にしか語られないからというより、むしろ人々が触れたくないと考えているほうが正しいかもしれない。この病は心が解体することで発症するが、そのことへの人々の恐れからかもしれない。

 

それにしても、この病に陥る人は極めて多い。私はある瀟洒な家に往診する。診察をし、疾病であることを確認しないと傷病手当金や年金などの受給ができないが、そこの主人が退職してからも、どうしても病院に来ないからである。主人は居間の椅子に終日じっと座り、ひげを伸び放題にし、ほとんど入浴もせず、時々にやりと笑うが、話をしない。

 

この家の住所を確かめたところ、知人の別居中の妻が通りを挟んだ向かいに一人で住んでいることがわかった。その彼女は隣家から怪しげな光を当てられて体を悪くしていると、内科や外科を頻繁に受診していたが、精神科には決して近づかなかった。彼女が妄想型統合失調症であることは間違いなさそうだった。

 

話はこれで終わらず、彼女が「怪しげな光を当ててくる」と妄想する隣家の住人も、40歳近い引きこもった男であることを私は知っていた。以前、父親から相談があったからである。彼は日がな売れない小説を書き、家族とも誰とも交流せず、夜になるとサングラスをかけ、分厚い外套を着て街に出てゆくという。やはり父親の話から統合失調症に近い状態と思われた。

 

わずか5、6軒の住宅に、3人ものこの病らしき人が住んでいて、いずれも自ら病院には来ていないが、密かに生きている。そもそも、この病は何万年も前から存在し、今日まで淘汰されることなく人類の中に発現している。この病に陥りやすい人は、その過敏さゆえ、占い師や預言者を生業とすることが多く、その能力を人類は必要としてきたのかもしれない。

 

心が解体しそうなその一瞬、その危うい立ち位置は、予測不能な未来に起こる微かな予兆の振動をキャッチしやすいのかもしれない。その時発せられる苦しげな警告は、時に多くの人々を救うことにつながることもあるのではなかろうか。

 

統合失調症者の荒唐無稽といわれる言葉の中に、未来の災厄が予言されていたという伝説も少なくない。そういえば私が診療している盲目の統合失調症の女性は、この頃不安定となり混乱の度を強めているが、しきりと戦争への不安を訴えるようになっている。

 

 

遠山 高史
精神臨床医

 

 

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※本連載は遠山高史氏の著書『シン・サラリーマンの心療内科』(プレジデント社、2020年9月刊)から一部を抜粋し、再編集したものです。

シン・サラリーマンの心療内科

シン・サラリーマンの心療内科

遠山 高史

プレジデント社

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