引きこもりは「ノー」の意思表示ではない【精神科医が解説】 (※画像はイメージです/PIXTA)

さまざまなストレスへの抵抗力、回復力が弱まると、些細なことで人は死にたくなるかもしれないし、逃げ出したくなるかもしれません。ノーと言ったら虐められるのではないかと恐れ、危険を避けることで引きこもりは起こります。しかし、そもそも「引きこもり」はノーの意思表示ではない、と精神科医が著書『シン・サラリーマンの心療内科』(プレジデント社、2020年9月刊)で指摘します。

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「ノー」と言えない若者の自我

若い男性の小学校教師が、出勤しようとすると吐き気や頭痛を催すとの訴えで通ってくる。彼は学校の倫理研究班に所属し、どのような倫理教育をすべきかを研究して発表するよう、リーダー格の40歳くらいの女性教師から命じられていた。本来の教職と離れた研究活動だが、彼が勤める小学校は地域のモデル校として指導的な役割を求められていたから、引き受けないわけにはいかなかった。

 

しかし、何度研究論文を提出しても女性リーダーは書き直しを命じてきた。彼女の意に沿う内容でなければ受け入れない様子だった。彼女は、これまで教育委員会や文部科学省の依頼に応じ、さまざまな研究を手掛け、自らの評価を上げてきた。

 

ところが、そのほとんどの実務を、彼女は彼に押し付けてきた。そもそも勤務時間外に行う研究活動だから、上級官庁の依頼とはいえ、理由を付けて断る学校はいくらもある。彼も「ノー」と言えばいいのだが、どこか母親にも似た強いリーダーに逆らうことができなかった。

 

病を跳ね返す力にはいろいろあるが、ウイルスや細菌への抵抗力、怪我からの回復力、癌細胞を排除し抑え込む力などをひっくるめて免疫と呼ぶ。免疫とは侵襲してくる、何がしかの力を押し返し、ノーという作用を言う。

 

当然、心の病にも免疫というべき働きがある。さまざまなストレスへの抵抗力、回復力が弱まると、些細なことで人は死にたくなるかもしれないし、逃げ出したくなるかもしれない。こうした心の免疫を担うのは、知識とか感情というものを包む自我というものである。

 

自我とは精神の「皮」の部分であり、幼少期から他者との触れ合いの中で、自己と他者を分かつものとして育まれ、強化されていく。そもそも人の脳は群れて生きるように設計されており、その他者と共感しなければならない。

 

例えば二つの楽器がそれぞれ独立した音色を出さなければハモれないように、自己と他者を区分けしておかねば共感は成り立たない。つまり、精神の皮として自他を識別する自我が欠かせないのだ。言葉を換えれば、自我とは、他者との共感とせめぎあいの中で、自己を守るためのノーという力でもある。

 

押しなべて若者はノーと言うことに長けているとは思えない。そもそも「引きこもり」はノーの意思表示ではないし、ノーと言ったら虐められるのではないかと恐れ、危険を避けることで引きこもりは起こる。

 

闇雲な拒絶反応も、ノーを突き付けることとは違う。むしろきちんとした人間関係が作れないため、ひたすら他者を避けるのである。また、ノーと言えずに相手に吞み込まれてしまうと過剰適応に陥ることもある。

 

怪しげな取引の保証人になったり、悪事の共犯者になりかねない。何でも引き受けてしまうのは、ノーと言う勇気を欠いていることである。

 

最近の若者がきちんとノーと言えなくなっているのは、群れの体験の希薄化と、自我の壁に穴を開けるネット社会によるだろう。動物としての人間と機械としてのパソコンに共感はあり得ない。なぜなら機械には自我がないからである。そこにあるのは「疑似自我」であり、それを自我と錯覚した若者は、知らぬ間に自我の扉を緩めてしまう。

 

だからおよそ人が考える悪しきことのすべてがネットから流れ出る。文科省が計画している倫理教育ではこれを止めることはできない。少子化とネット社会での自我の鍛え方はまだ日本の教科書には書かれていない。

 

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精神臨床医

精神臨床医歴45年。新潟県出身。自治体病院長を経て、東京近郊で心療内科を開業。第12回千葉文学賞受賞、時々農民をやっている。

著者紹介

連載コロナうつと闘う精神科医の警鐘「日本人は救われるのか?」

※本連載は遠山高史氏の著書『シン・サラリーマンの心療内科』(プレジデント社、2020年9月刊)から一部を抜粋し、再編集したものです。

シン・サラリーマンの心療内科

シン・サラリーマンの心療内科

遠山 高史

プレジデント社

コロナは事実上、全世界の人々を人質にとった。人は逃げるに逃げられない。この不安な状況は、ある種の精神病に陥った人々が感じる不安と同質のものである――。 生命の危機、孤立と断絶、経済破綻、そして……。病院に列をな…

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