(※画像はイメージです/PIXTA)

「人を殺して自分も死のうと思った」という事件が続発しています。「自殺したい」、あるいは「人を殺したい」という気持ちも、人は心のどこかに宿しています。そうした感情はなぜ表に出てくるのでしょうか、精神科医が著書『シン・サラリーマンの心療内科』(プレジデント社、2020年9月刊)で解説します。

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「離散的社会」の孤独な少女たち

日本中の至る所で祀られている十一面観音は、さまざまな感情を十一個の顔で表現している。観音がさまざまな表情や感情を持つことに不思議を感じないのは、人もいろいろな感情を抱くことを意識せずとも知っているからである。

 

「自殺したい」あるいは「人を殺したい」という気持ちも、人は心のどこかに宿している。そうした感情が意識に上ることを防いでいるのは、人と人との交流であり、相互に共感する力である。それは、群れて生きることで発達させてきた人類の能力でもある。悪しき心が表面に現れることを制御しているのは、自分一人の力ではなく、互いに共感し合う「群れ」の力なのである。

 

自殺する人々は、その少し前に何らかのリアルな関係の喪失を経験していることが多い。もちろん一つの喪失体験で簡単に死ぬものではないのは、人の関係が重層的に、さまざまな絆で結ばれ、共感し合うことで死への衝動が抑制されるからである。言い換えれば、人との関係の希薄な人ほど、一つの喪失体験でも死への衝動が喚起されやすい。

 

自殺者は統計では減少しているかに見えるが、「死にたい」という思いを抱く人々は増加しているのではないか。私の診療場面でも、そういう人々が増えている。核家族化や少子化は、人との共感力を育みにくい。個人を過剰に重視する傾向も共感力を遠ざけやすい。人と人との交流が少ないほうが気楽だ、ネットのほうが気楽だという人が増えている。

 

再三指摘してきたが、ネットは共感力を育まない。共感し合うためには、相互に交わすさまざまな情報の重み付けが一致していなければならず、一致させるためにはリアルな交流が欠かせない。自分の衝動や欲求を抑えねばならない分、エネルギーがいる。それは大きな力となる一方で、面倒で骨の折れる作業でもあるのだ。

 

仮想空間の中では、情報の重み付けは自分の思い込みだけでできてしまう。悪しき衝動を制御し我慢するエネルギーもいらない。画面の向こうの人間は「なりすまし」かもしれないが、その言葉を信じないより信じるほうが楽だ。かくして、己の衝動が望む思い込みに従ってしまう。「一緒に死のう」と言われれば、孤独な魂ほど死への衝動に容易に突き動かされやすい。

 

1997年3月26日、アメリカ・サンディエゴで起きたカルト教団「天国の門」の39人集団自殺事件も、村社会的な群れを嫌う離散的なアメリカ社会のスキを突き、ネットで死を煽った結果ではなかろうか。相次ぐ銃乱射事件も、銃の問題よりアメリカの離散的社会のせいではないか。密着した人間関係の中で育まれる共感力によって、殺人衝動も抑えられるが、今のアメリカに昔の東洋的社会のような人と人との密着性が育っているとは思えない。

 

今の日本社会は明らかに離散的である。そういった社会から自殺願望を持った9人の女性を死に至らしめた座間の殺人鬼も現れたように思う。定職もなく、孤独な生活者に、殺人を制御する「情性」は育まれにくい。

 

それには人と人との共感が必要だからだ。SNSでやすやすと8人もの少女たちを呼び寄せられたのも、ネットが離散的社会の孤独な少女たちの衝動を引き出したからであろう。人の脳が、特に抑制系の新皮質が他の動物より発達したのは、集団生活を営むうえで必要な共感、衝動の制御という「抑制力」がより必要であったからという説を私は信じている。

 

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※本連載は遠山高史氏の著書『シン・サラリーマンの心療内科』(プレジデント社、2020年9月刊)から一部を抜粋し、再編集したものです。

シン・サラリーマンの心療内科

シン・サラリーマンの心療内科

遠山 高史

プレジデント社

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