(※写真はイメージです/PIXTA)

店舗として借りようとしていた物件の契約成立直前に、「もっと高額な家賃を払ってくれる借主が現れた」と、ビルオーナーの都合で突然交渉が決裂してしまいました。開業準備費用等が水の泡と化した事業者は、ビルオーナーに賠償金を請求できるのでしょうか。賃貸・不動産問題の知識と実務経験を備えた弁護士の北村亮典氏が、実際の裁判例をもとに解説します。

信頼を裏切っているとして、賃貸人に責任が認められた

本件の事例では、裁判所は、以下のように述べて、ビルオーナー側の契約締結上の過失を認めています。

 

「本件物件の賃貸借について、原告と被告との間では、熱心に交渉が進められ、賃料額については合意に達した中、同月24日、被告は、原告に対し、ファサードデザインについては留保しているものの、それ以外の賃貸借の主要な条件について、具体的に記載し、その条件の下で本件物件を賃貸することを承諾する旨記載された本件貸渡承諾書を交付して」いる。

 

「本件貸渡承諾書の交付は、客観的に見ると、原告に、ファサードデザインについて譲歩すれば、本件物件について、賃貸借契約が成立するとの強い信頼(以下「本件信頼」という。)を発生させるものであり、被告は、信義則上、原告の本件信頼を保護する義務があるというべきである。」

 

「原告と被告との間で賃貸借契約が締結されなかった原因は、・・・被告が、原告に対し、突然、賃料を月額189万円に大幅に値上げをし、契約期間等も10年の定期建物賃貸借にするとの重大な条件変更の申入れをした上、原告がこの申入れを拒絶すると、原告に対し、本件物件を賃貸する義務はないと主張したことにあるというべきであり、本件物件について、原告と被告との間で賃貸借契約が成立しなかったことについて、被告に正当理由があるとは認められない。」

 

「したがって、被告は、正当な理由なく、原告の本件信頼を裏切っており、被告には、契約締結上の過失による不法行為が成立する。」

 

このように、本件では、ビルオーナー側に不法行為が成立するとされました。

 

そうなると、借主予定者側として、どの程度までの損害賠償が可能なのか、という点が次に問題となります。

 

この点については、裁判所は、

 

「契約締結上の過失による不法行為の場合に、損害賠償が認められる損害は、原則として契約の成立を信頼して支出した費用に限られるべきである」

 

と述べています。

 

したがいまして、いわゆる履行利益(契約が成立していれば得られたであろう利益)までは認められませんので、逸失利益(契約が成立していれば、その店舗で得られていたであろう収益等)までは認められないという考え方になります。

 

以上を前提として、裁判所は本件については

 

・交渉開始から交渉が破棄された間までの、本件物件での店舗開店に関する業務に従事していた者の人件費

・出店関係費(出店コンサルティング会社への費用の一部)

・本件物件で出店する直営の焼き菓子専門店舗で販売する焼き菓子を試作製造するための原材料の購入費用

 

が損害として認められています(合計金額143万1258円)

 

本件は、賃貸人が、賃料等の条件を記載した貸渡承諾書を交付していたことが、契約締結上の過失を認めた大きな要素になったものと思われます。

 

賃貸や売買の契約締結交渉において、「相手方に対し契約の成立が確実なものと期待するに至った状況」かどうかというのはかなりケースバイケースの判断になるところですが、契約書ではなかったとしても契約条件などを記載した書類が存在することは大きなポイントとなるでしょう。

 

したがいまして、こういった書類がある状況で契約交渉を途中で破棄することについてはリスクが有ることに留意しておく必要があるでしょう。

 

※この記事は2021年7月18日時点の情報に基づいて書かれています(2022年1月14日再監修済)。

 

 

北村 亮典

弁護士

こすぎ法律事務所

 

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※本記事は、北村亮典氏監修のHP「賃貸・不動産法律問題サポート弁護士相談室」掲載の記事・コラムを転載し、再作成したものです。

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