イノベーションによるデフレ要因…3.生産性の改善
商品相場はすでに落ち着き始めており、サプライチェーンの混乱に起因するインフレもじきに収束するとみられます。一方で、賃金インフレは、賃金上昇、物価上昇、そして物価上昇に伴う労働者の賃上げ要求という悪循環をもたらす可能性があります。
コロナ禍の影響は否めないが…生産性向上で長期的には賃金インフレに歯止め
しかし、[図表4]に示すように、過小評価されているイノベーションによる生産性向上効果により、賃金インフレのスパイラルに歯止めがかかる可能性があります。
コロナ禍で人手不足は悪化しました。健康や安全性の問題、休校中の子どもの面倒を見るという理由から、労働参加率は低下しました。これに失業給付の延長が加わり、経済活動の再開に伴う人手不足が生じています。しかし、長期的には、イノベーションにより、賃金インフレに歯止めがかからなくなるような事態は避けられると考えています。
イノベーションによる賃金上昇抑制の例…長距離トラック運転手
イノベーションによる賃金上昇圧力の抑制効果の例として、長距離トラック運転手を取り上げます。足元、コロナ禍のサプライチェーンの混乱により、トラックの運転手の需要は高まっています。運転手の賃金は高騰し、一部は末端の製品・サービスのコストに転嫁されています。
しかし、足元の賃金上昇は一時的なもので、長期的には、企業はサプライチェーンの労働コストを削減することができる可能性が高いと思われます。
物流のサプライチェーンを担う人間は、自動運転技術、自動倉庫施設、AIなどのイノベーションに置き換えられると予想しています。トラック運転手の今後の先行きは、決して明るいものではありません。
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ワクチン、リモートワーク…コロナ禍によるイノベーションで生産性向上
また、コロナ禍は複数の業界でイノベーションを加速させており、賃金インフレの緩和につながる可能性があります。メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンは、コロナ禍で生まれた科学的ブレークスルーです。
新型コロナウイルスの予防薬として、新型mRNAワクチンの開発・生産に数十億米ドルの資金が投じられました。また、新型コロナウイルスに対する効果の高い治療方法として、モノクローナル抗体も開発されました。
効果的なワクチンや治療方法の登場により、人々は安心して仕事に復帰し、子供も安心して学校に通わせることが可能になります。これにより、近い将来、人手不足は改善する可能性があります。
コロナ禍の健康と安全性の問題から、多くの労働者は在宅勤務を迫られました。企業も何百万人もの従業員の在宅勤務を可能にするため、予想を上回るペースでデジタル化を推進せざるを得なくなりました。デジタル化により、一部の従業員の効率は向上しています。一部の学者は、在宅勤務により生産性は5%向上すると指摘しています※8。
例えば、営業担当者が地球の裏側まで飛んで行ってデモを行うのではなく、オンラインでデモを行うところを想像してみてください。保守担当者は個別に現場を訪れるまでもなく、リモートでモニターできるようになったことを想像してください。
こうした効率性の向上は人員削減につながります。世界経済フォーラム(WEF)によると、企業経営者の53%は、テクノロジーの導入による人員削減を計画しています※9。
人員削減を可能にするデジタル化に加え、テクノロジーや在宅勤務にかかわる職場文化の変化により、一部の企業は地理的な制限なしに人材を採用できるようになります。これに伴い、一部の職種での採用枠が国内から海外に広がり、人材供給が増加することで、賃金インフレを抑制することが可能になります。
最後に、労働者による新型コロナウイルスの感染懸念やコロナ禍によるサプライチェーンの制約から、一部の企業は製造レイアウトや自動化への設備投資を一層と促進する見通しです。
深刻な人手不足に対応するため、一部の飲食店では対面での接客の自動化に向けて、セルフサービスのキオスクを導入しています。米料理・食料品宅配大手のホワイト・キャッスルとドアダッシュは、料理の自動化に向けて調理ロボットを導入する予定です※10。
実用化には時間を要する可能性がありますが、これも賃金の低下圧力になる可能性があります。オックスフォード・エコノミクスのエコノミストであるリディア・ブースール氏は「自動化の加速により700万の職のうちの半数近くがコロナ禍から戻らず、今後3~5年間にわたり労働需要不足は続く」と主張しています※11。