本人も、親も、先生も、地域も「しんどい」
当時、大阪府内では「しんどい学校」と呼ばれる高校が、府立の普通科高校112校中およそ30校もあった。これらの高校に入ってくる生徒の家庭の6割がシングルマザーか、シングルファーザー。家庭の年収も200万円以下が半数を占めていた。彼らは入学すると家計を助けるためにアルバイトに精を出さざるをえず、勉強するどころの話ではない。親もまた仕事を2つ3つ掛け持ちし、子供に勉強を教える時間もスキルもない。
こうして入学した生徒は落ちこぼれていくか、中退していく。彼らは就職も進学も叶わず、募るのは自己否定ばかり。いわゆる貧困の連鎖、学歴の連鎖であり、早稲田大学教育・総合科学学術院教授の菊地栄治氏が指摘するように、「本人もしんどい、親もしんどい、先生もしんどい、地域もしんどい」、つまり「しんどい学校」が続出していたのである。
校長は、言葉を継いで語った。
「教育は3本の柱で成り立っています。家庭での教育、学校での教育、そして社会での教育です。社会での教育は会社での教育と言い換えてもいいんやろと思います。今の時代、この会社での教育がいちばん太くないといけないんやないでしょうか。ところが不景気や何やかやで、私にはこの会社での教育が軽視されているように思われてならないんです」
大阪同友会代表理事で、当時社員教育や求人活動を担当する経営本部長を務めていた山田製作所社長の山田茂氏は「ほんまにドキッとしました」と、校長の言葉を耳にしたときの心境を語る。
山田氏の会社は従業員数が20人を切るほどの規模にすぎないが、一時は、国内はもとより、ドイツなど海外を含めて毎年200社余りが視察・見学に訪れた有名会社だ。きっかけは1998年に売り上げが激減した際、「3S(整理・整頓・清潔)活動」に出合い、二代目社長として山田氏が弟の専務とそれを徹底したことだ。結果、工場が見事に効率化されただけでなく、社員の仕事に対する姿勢も変化し、業績も劇的に改善したのだ。毎朝7時55分に社員が一斉に車内清掃を始めると聞いただけで、なるほどと思ってしまう。
ほぼ同時期に、同友会にも入会、以降、毎年全社員が参加して経営指針の見直しを図ってきた。このこともまた、山田製作所の業績改善、社員の経営参加意欲に結び付いただけでなく、製缶・板金加工など部品製造下請けから自社ブランドの省力化・自動化機器製造を業態に付け加える大きな力となっている。もちろん視察が次々と訪れる要因でもある。 2012年には社員が意欲を持って働く職場ということで、厚生労働省の「キャリア支援企業表彰」会長奨励賞を受賞している。
そうした山田氏が府立高校の校長先生の発言にドキッとしたということは、「国民や地域と共に歩む中小企業」を謳う同友会の会員として何か重大な忘れ物をしている気がしたということに他ならない。生徒たちを外から眺めているだけで、そうした状況に追い込んでいる社会の側の問題に目を向けてこなかったことに反省の念を抱いた。出席した多くの経営者も、同じ思いを抱いた。
間をおかず、しんどい学校のひとつの、ある高校から生徒のキャリア支援教育のために経営者に講演してほしいとの依頼がきた。同友会では論議のうえ、1人の経営者が話すのではなく何人かが出かけていき、生徒とグループ討論をするほうが、内実が伴うはずだと逆提案し、その方法で行われることになった。しかし最初の年は散々だった。
「生徒は単位を取るためにイヤイヤ出ている感じで、ずっと横を向いている子、途中で退席する子などもいて、方法をもっと考えないといけないと思いました」とメンバーの一人で大阪南東ブロック長を務めるセイコー運輸社長の宮高豪氏は振り返る。セイコー運輸は「トラックと運転手とを時間でレンタルする」という斬新なアイデアで注目されている運送業者である。
宮高氏らはそこで毎年、2年生を対象にキャリア教育を行い、学校側にも「お金の話」「税金の話」といった社会生活に必要な知識を身につく事前教育を行ってもらうことにした。そのうえで「仕事とは何か」「会社で求められること」などについて討論しながら、生徒のコミュニケーション能力の向上を図りつつ、「学校生活の充実」「自己肯定感の醸成」から「進路選択」へとつなげていく方針が固まっていった。