「おひとりさまの在宅死」は「孤独死」とは違うものと知ろう。【在宅医が見た医療の現場】

「おひとりさまの在宅死」は「孤独死」とは違うものと知ろう。【在宅医が見た医療の現場】
(※画像はイメージです/PIXTA)

終末医療の選択は、これまでの人生の経験と価値観の結果、選ばれたものです。ともに介護し、ケアの日常を見ている当事者のご家族の中でも意見の相違が生まれます。※本連載は中村明澄著『「在宅死」という選択』(大和書房)より一部を抜粋し、再編集した原稿です。

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ひとり暮らしでも在宅死はできるのか

■本人が望めば誰でも大丈夫

 

ひとり暮らしだと自宅で最期を迎えるのは難しいと思われがちですが、ある程度の覚悟と周りの理解があれば、おひとりで最期まで自宅で過ごすことは可能です。

 

まず、ひとり暮らしといっても、ご家族が近くにいるのか、遠くにいるのか、あるいは天涯孤独なのかという違いがあります。また、物理的な距離だけでなく、ご家族との関係がどのような距離感かによっても、その可能性が変わってきます。

 

何より、ひとり暮らしのご本人がどんなに在宅死を希望していても、ご家族から却下されてしまうことがあります。やはり、「ひとりのときに何かあったら」と心配だからでしょう。また在宅医療や在宅ケアの実状を知らないがために、「自宅で大丈夫なの?」という不安もあるのだと思います。

 

けれども、誰も手伝うご家族がいないという場合でも、天涯孤独な方でも、自宅で最期を迎えることができます。

 

今の日本の医療保険と介護保険の制度は、問題点を指摘されることもありますが、基本的によい制度だと私は思います。在宅医療を受け、介護保険サービスを上手に利用することで、ひとり暮らしの在宅死も可能になるのです。

 

■小さな不自由さえ我慢できれば問題ない

 

とはいえ、自宅で、おひとりで療養生活をつづけていくためには、ある程度の不自由があるのは覚悟していただかなければなりません。

 

たとえば、病院や施設のように、ナースコールを押したら、すぐに誰かが来てくれるわけではないので、おむつがぬれて気になっても、つぎの介護士が来るまで待つ必要があります。「何かものを取りたい」「背中のシーツのずれを直したい」といったちょっとしたことに対して、すぐの対応は難しくなります。ですから日常生活でのこうした小さな不自由さがイヤだという人は、在宅ではつらくなってしまうかもしれません。

 

逆に、そうした不自由さはまったく気にならず、やっぱり住み慣れた家がどこよりも安心で心地いい、という人には在宅はもってこいです。病院では基本的には病院食しか食べられませんし、テレビもイヤホンですし、就寝時間や面会時間も決められていますから、なかなか自由を叶えることは難しいでしょう。

 

自分の食べたいものを食べたり、寝たり起きたりする時間も自由、会いたい人に時間を気にせず会ったり、大音量でテレビを観たり音楽を聴いたりできる自由が、在宅では叶います。この自由さが、在宅ならではのメリットです。

 

病院や施設にいても、ご家族が同居していたとしても、患者さんご本人のタイミングに100%合わせてもらえるとは限らないのも現実です。また、在宅のデメリットもできる限り最小にするべく、枕元の手の届くところに必要なものをすべてそろえるなどして、自分だけのコックピットをつくってしまうというのもありです。少しの不自由さを受け入れられれば、おひとり暮らしでも十分療養生活は可能です。

 

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「在宅死」という選択~納得できる最期のために

「在宅死」という選択~納得できる最期のために

中村 明澄

大和書房

コロナ禍を経て、人と人とのつながり方や死生観について、あらためて考えを巡らせている方も多いでしょう。 実際、病院では面会がほとんどできないため、自宅療養を希望する人が増えているという。 本書は、在宅医が終末期の…

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