ウォルマートはAIロボットを導入している
そんな都合のいい労働力があるとすれば、ロボット集団だろう。実のところ、小売業者とロボットは、くっついたり離れたりの浮気相手のような関係を続けてきた。その理由の1つは、純粋にコストの問題だ。つい最近まで小売りの現場へのロボット導入について、費用対効果に疑問符がついていた。ロボットは、昔からテクノロジーの粋を集めた高価な品で、機能の範囲が限られているというのが相場だ。
もっと直接的なハードルは、世の中の受け止め方だ。ロボットは人間の雇用に明らかな脅威となるからだ。たとえば、2017年にピュー研究所が実施した調査によれば、人間の仕事がロボットやコンピュータに奪われかねないことについて、「ある程度心配している」または「非常に心配している」と回答したアメリカ人は73%に上った。
さらに、人間の労働者がロボットに取って代わられることになれば、「経済的不平等などの望ましくない状況がますます悪化する」との回答は、過半数以上に及んだ。このため、小売業者は、従業員と顧客の双方からの反発を恐れ、大っぴらにロボット導入実験を実施することに尻込みしているのだ。
そのような課題はあったにせよ、小売業界向けロボット市場はパンデミック前から急成長していた。市場規模の見通しは右肩上がりだ。たとえば、コンサルティング会社のローランド・ベルガーは、小売り向けロボットのグローバル市場が2025年に520億ドルに拡大すると予測している。これは年平均成長率約11%に相当する。
パンデミック後、一気にギアが上がって過熱気味の市場になっている。2020年の世界経済フォーラムによる調査では、経営幹部の5人に4人が「仕事のデジタル化と新技術の導入計画を加速する」と回答している。2008~2009年の世界金融危機以降に見られた雇用拡大が白紙に戻る勢いだ。さらに同レポートによれば、2025年までに中小規模の企業で8500万もの雇用が消滅し、その分が技術で置き換えられるという。
その背景には、AI(人工知能)の進歩、コンピュータの能力向上、コストの低減が挙げられる。たとえば、2019年、ウォルマートは、ニューハンプシャー州セーラムにあるスーパーセンター店舗で、注文のあった食品をロボットがピッキングするシステムの試験運用に乗り出した。このシステムは「アルファボット」と呼ばれ、1時間に800点の商品のピッキング・箱詰めが可能だ。人間の10倍の生産性を誇る。
しかも、すべての作業は店のバックヤード(倉庫エリア)で完結するため、売り場で陣取ったり、客の邪魔になったりすることもない。
ウォルマートでは、すでに大型店舗に1500台以上を導入している。現在、フロア洗浄機がけから、バーコードリーダーを使った在庫管理まで、日常の単純作業の多くはロボットが徐々に肩代わりするようになっている。昇給も病欠も不要で仕事を辞めることもない労働力である。
倉庫にはカメラが随所に設置され、納入商品の荷受け・仕分けのためのAIと高速荷下ろし機が標準になりつつある。こうした新種の労働力と一緒に働くスタッフにしてみれば、いったい誰が誰のために働いているのか混乱することもある。ワシントンポストは次のように報じる。
<そのため、仕事に違和感が生まれ、屈辱感を覚える従業員も現れ始めた。辞めてもクビになっても「どのみち、お客様に昇進できるからね」と自嘲気味に語る従業員もいる。自分から仕事を奪うかもしれないロボットに仕事を教え込み、何か問題を起こすたびに面倒を見なければならない。そんな気が気ではない立場にいることを自覚せざるを得ない。>
また、アマゾンが業務面で2つの大きな課題を抱えていることは周知の事実だ。第1に、物流センターを通過する商品の処理のスピードアップ。そして客への配送だ。特に配送はアマゾンの収益性を圧迫する最大の原因でもある。
『フォーチュン』誌の編集者・記者のブライアン・デュメインは次のように指摘する。
<ベゾスは、自動運転のバンや地域を走り回る小型ロボット、空を飛び交うドローンが荷物を配送する未来を見据えている。しかもロボットはインフルエンザにもかからないので不眠不休で働く。そんな日が来れば、いやベゾスは100%来ると思っているのだが、自宅にこもる膨大な数の人々にロボットたちが商品を届けるようになる。そのころには、ひょっとしたら代替肉や代替ミルクなども運ばれているかもしれない。
それはともかく、困っている人々に救いの手を差し伸べるのは崇高な大義ではあるが、ベゾスがこのテクノロジーの導入に積極的なのには、別の理由がある。アマゾンをはじめ、食料品を扱う小売業者にとっての課題は、商品配送に莫大なコストがかかることだ。>