【関連記事】精神科外来が「5分で診察終了」せざるを得ない恐ろしい理由【医師が解説】
”おいしい”存在になってしまう…「治す気がない患者」
精神科ユーザーは、完治が見込める人ばかりではないことは、多くの精神科医が感じているはずです。うつ病であっても、職場環境が悪いことが原因で発症した人なら異動だけで治ることもありますが、発症につながった環境から抜け出せないような人は、うつ病のない人生を送ることが難しいケースもあります。
例えば、産後うつになった女性が、2人目、3人目と次々に出産してしまうようなパターンでは、1人目の産後うつが治りきらないうちに次の出産を迎えて、さらに厳しい状況に置かれることになります。
日々の育児だけで疲弊しているところに、経済的な理由でパートに出始めたり、社会的な要請でPTAや地域活動を始めたりもするので、すぐには解消できないボトルネックがどんどん積み上がっていくこともあります。
こうした場合、本来なら根本的な負担を減らすか、完璧主義を捨てて手抜きや息抜きをしながら省エネでやっていくことを患者に身につけてもらわないと、症状の改善は難しいものです。本当は全部やめてしまい、3ヵ月ほど入院すれば良くなるのでしょうが、また元の生活に戻れば同じ状態になってしまいます。
患者本人も諦めていて、「治す」というニーズをもっていないことも少なくありません。
その人なりの非常にゆっくりとしたペースで治っていくこともあれば、もう生きているだけで精いっぱいの状態で「一緒に治しましょう」という姿勢で接するとそれがプレッシャーに感じてしまう場合もあります。
こうした患者に対しては、精神科医が力になれることがあまりないため、多くの精神科では「同じお薬を出しておきますね」という対応になっているのです。
こうした患者の診察を短く終わらせて、その分をほかの患者の時間に充てているような状況では、このような患者は経営効率の観点では”おいしい”患者になっているかもしれません。
しかしこのタイプの患者にとって、精神科医は自分の病気に対する十分な理解と知識をもったうえで話を聞いてくれる唯一の存在で、最後の一人かもしれません。
専門知識をもたない人には気づかないような小さな変化を見つけてくれたり、精神疾患という目に見えない荷物を背負って頑張っていることを認めてくれる存在でもあります。臨床心理学では、このような存在をウィットネス(witness:目撃者、立会人、証人)と呼びます。
精神科医はこうした人たちのウィットネスとなることで、その人の人生に関わっていくことが、提供するべき対人援助の一つとなります。当院ではこうした患者の多くは、予約料を必要としない10分枠を利用します。
その10分を最大限活用して、その人が一生懸命生きていることを認め、たとえ目に見える治療効果が期待できなくても、診察室を出てからの毎日を生きていくためのサポートをする。これも精神医療の重要な役割です。