5―医師の働き方改革に関する論点と展望(2)~都道府県の実務に与える影響~
1.求められる都道府県の体制整備
実際の制度運用に際しては、実務を担う都道府県の体制整備も求められている。今回の制度改正では、都道府県がB水準やC水準の医療機関を指定するほか、医療勤務環境改善に関する相談や助言についても、都道府県が設置する「医療勤務環境改善支援センター」で対応することになっている。
このうち、同センターの対応に関しては、▽未実施項目が残っている医療機関に対して個別確認、▽健康改善に留意する追加的健康確保措置を含めて、医師労働時間短縮計画の作成・実施を支援――などが挙がっており、2024年度の本格施行に向けた体制整備が都道府県に求められる。
2.難しい地域医療の確保とのバランス、他の改革との整合性も必要に
中長期的に見ると、地域医療確保とのバランスが論点となると思われる。既に触れた通り、今回の改革については、医師の勤務環境を改善する上で欠かせない内容を含んでいる一方、医療機関の診療体制の見直し、医師の引き揚げなどを通じて、地域医療の提供体制が影響を受ける展開になる可能性があり、この場合では患者の利便性が悪くなるデメリットも考えられる。
実際、厚生労働省の医師等医療機関職員の働き方改革推進本部長を務めていた橋本岳副大臣(当時)でさえ、現場の不安や厚生労働省とのギャップを指摘する一幕※もあり、暫定的なB水準や連携B水準が設けられたのも、こうした配慮の表れと言える。
※2020年2月10日『m3.com』配信記事における橋本岳副大臣(当時)に対するインタビュー。
さらに改正医療法の成立に際して、衆議院、参議院の厚生労働委員会で示された付帯決議を見ても、衆議院では10項目のうち5項目、参議院では21項目のうち10項目が医師の働き方改革に割かれているほか、医師の引き揚げによる医療提供体制の影響に対する懸念とともに、逆に労働時間の適正管理を促す内容が盛り込まれており、「労働時間の短縮」「地域医療の確保」という難しいバランスが求められることを表していると言える。
現場サイドからも「診療の部分を縮減すれば、地域医療への影響が大きくなり、”医療崩壊”につながりかねない上に、(筆者注:他の病院で副業・兼業している)医師の収入にも影響してきます。一つ間違えると全てが崩れてしまう懸念があります」として、「どんな順序でどこを縮減するのか、そのプランを描くことから始めていかなければならない」との指摘が出ている※。
※全国医学部長病院長会議が設置した医師の働き方改革検討委員長の横手幸太郎氏(千葉大学医学部附属病院長)に対するインタビュー。2021年6月14日『m3.com』配信記事。
そこで、都道府県は現場レベルで医師の働き方改革を進めるとともに、他の医療提供体制改革との整合性も取る必要がある。例えば、政府は高齢化や人口減少に対応するため、医療機関の再編・統合、在宅医療の充実などを進める地域医療構想という提供体制改革※を進めており、これを通じて病床数が削減されたり、医療機関が統合されたりすると、大学病院が若手医師などを派遣する病院が減少するため、結果的に医師の働き方改革が進む基盤になる可能性がある。
※地域医療構想については、過去の拙稿を参照。2017年11~12月の「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く」、2019年5~6月の拙稿「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」、2019年10月31日「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」、2020年5月15日「新型コロナがもたらす2つの『回帰』現象」。併せて、三原岳(2020)『地域医療は再生するか』医薬経済社も参照。
逆に医師の働き方改革を通じて、医師の超過勤務で病床数や機能を維持できていた病院、特に急性期病床を継続できなくなる可能性がある。この状況で医師を確保できない医療機関は再編・統合、あるいは病床の転換を求められる可能性があり、結果的に地域医療構想に弾みが付くことも想定される。
さらに、2020年度から都道府県を中心に医師偏在是正を図る制度もスタートしており、こちらとの影響も想定する必要がある※。例えば、医師の働き方改革を通じて、勤務環境を改善するなどして、女性を含めた多くの職員の働きやすさが確保されれば、医師の偏在是正にも貢献する可能性がある。
※医師偏在是正については、2020年2~3月の「医師偏在是正に向けた2つの計画はどこまで有効か」を参照。
実際、厚生労働省は2019年5月頃から地域医療構想、医師偏在是正、医師の働き方改革を「三位一体」と位置付けるようになっており、医師の働き方改革を進めるとともに、地域医療の水準を確保するという多面的で複雑かつ困難な調整が都道府県に求められていると言える。
6―おわりに
今回は改正医療法のうち、医師の働き方改革に関する内容と影響を考察した。元々、医療制度とは、患者の受療行動、医師の働き方、医療機関の経営、国や自治体の政策など様々な要因が絡み合う複雑なシステムであり、医師の働き方改革の影響を全て見極めるのは難しいと言わざるを得ない。
しかし、医師の働き方改革が単なる勤務時間の上限設定にとどまらず、医療機関の経営や診療の現場、地域医療の確保に及ぼす影響は大きいと推察される。今後は地域医療の水準を確保しつつ、どうやって医師の働きやすい環境を作って行くか、医療機関や都道府県レベルでの工夫とともに、国のバックアップも求められる。
三原 岳
ニッセイ基礎研究所
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