4―日本における所得格差の現状
所得格差の大きさを示す指標には、様々なものがある。代表的な格差の指標であるジニ係数は、所得分布の均等度を示す指標であり、所得分布が完全に平等であれば0になり、完全に不平等であれば1になる指標である。
また、政策的な視点から注目されることの多い相対的貧困率は、一定基準(所得中央値の半分)を下回る所得しか得ていない者の割合を表す指標である。この2つの指標から日本における所得格差の現状をみると、次のようになる。
まず、ジニ係数の推移から見てみると、税金や社会保険料などを控除する前の所得である「当初所得」における格差は、1990年代後半以降に拡大傾向にあるものの、再配分後の再配分所得で見た所得格差は、ほぼ横ばいで推移している[図表5]。
これは、税制や社会保険制度などの所得再配分政策が、全体としてみれば、所得格差の拡大を抑制する機能を果たして来たと見ることができるだろう。なお、ここで見られる当初所得における格差の拡大は、高齢化に伴う年齢構成の変化に要因があるとする見方がコンセンサスとなっている。
実際、家計の所得格差を要因別に分解した内閣府の分析※では、高齢化等の年齢構成の変化は、常に格差を広げる方向に働いており、その程度も大きいことが指摘されている。日本で所得格差を見る際には、人口構造の変化を割り引いてみることが適切だと言える。
※内閣府「平成21年度 年次経済財政報告」
次に、相対的貧困率については、2000年代半ば頃まで上昇傾向にあったものの、2010年代以降は横ばいないし低下傾向の推移となっている。上昇傾向にあった要因は、ジニ係数と同じく高齢化によって説明されるが、最近の横ばいないし低下傾向での推移は、所得環境の改善を反映したものであると考えられる。
なお、相対的貧困世帯の特徴としては、年齢別では高齢者が多いが、世帯類型別では単身世帯やひとり親世帯に多いことが挙げられる。特に子どもがいる現役世帯の中で、ひとり親世帯の相対的貧困率は高く、その半数近くが相対的貧困状態に置かれている※。
※厚生労働省「国民生活基礎調査」(2019年)
なお、OECDデータを用いて所得格差の水準を国際比較してみると、日本の所得格差は、南アフリカや中国、インド、ブラジルのような極端な水準にはないものの、主要先進国の中では比較的高い水準にあることが分かる[図表6]。
例えば、G7諸国の中で見ると、ジニ係数は米国(0.390)と英国(0.366)に次いで3番目に高く、相対的貧困率は米国(0.178)に次いで2番目に高い。ただし、この結果を見る際には、国際比較で利用される統計が変わると、見方が大きく変わる点に注意が必要だろう。
例えば、日本のOECDデータは「国民生活基礎調査」をもとに算出されるが、これを「全国消費実態調査」(ジニ係数=0.281、相対的貧困率=9.9、2014年時点)を用いて比較すると、日本の所得格差はドイツやフランスなどに近くなり、主要先進国の中で高いとは言えない水準に落ち着くことになる。国際比較における所得格差は議論の分かれるところであり、ある程度幅を持って見ることが必要である。
以上を踏まえれば、日本の所得格差について、その水準的な議論は分かれるところであるが、全体的な格差の拡大は、ひとまず抑制された状況にあると言える。
ただし、所得階層が低いところでは、ひとり親世帯で相対的貧困率が高い状況にあるなど、税制や社会保障などの再分配機能が、十分に機能していない面もあり、このような層を特定して的を絞った費用効果的な対策を取っていくことが、今後の課題となるだろう。
なお、この先の所得格差については、気になる研究結果も示されている。例えば、親と同居する未婚者に注目した研究※では、非正規雇用や失業によって本人収入が減少した壮年未婚者(35~49歳層)の男性で、親との同居によって生活費などを補填する傾向にあることが指摘されている。
※白波瀬佐和子,「人口構造の変化と経済格差」日本労働研究雑誌2018年1月号(No.690)
このような状況は、世帯調査を通じて把握されない部分であり、将来的に所得格差を拡大させる要因として顕在化する可能性が懸念されるところである。コロナ禍による影響も含め、格差拡大の状況には、一層の注意を払っていく必要があると言える。
5―おわりに
本稿では、所得格差と経済成長の関係について、理論面を中心に整理してきた。学術的には、両者の関係にコンセンサスは形成されていないものの、低成長が続く日本では、所得格差の是正が倫理面だけでなく、経済成長にもつながり得るとする視点は重要である。
日本の所得格差は、ひとり親世帯や子どもの貧困、格差の固定など多様な側面を持つことから、今後も重要な政策課題として注目を集めるだろう。
鈴木 智也
ニッセイ基礎研究所
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