いつまで続くのか分からず、「出口の見えないトンネルのなかにいるよう」とも言われる不妊治療。女医の山下真理子氏も、そんな不妊治療で子供を授かったひとりだという。どのような問題に直面し、どう向き合ってきたのか、医師の立場から語ってもらう本連載。第六回目は、多くの人には知られていない体外受精の現実について解説してもらった。

採卵日がなかなか決まらない

体外受精のための準備は、生理前から始まる。

 

生理日を調整したのち、内診で卵胞の状態を確認し続ける。私の場合は、卵胞は毎回一つずつしか育たないため、1つだけ育った卵胞を、大事に大事に育てる。

 

そして、十分に卵胞が育ったら、採卵日が決定する。採卵日は、ある程度の予測はつくものの、私の場合は卵巣の状態が良くないため、なかなか決定しないことが多かった。

 

クリニックによるが、私が通院していたところは、静脈麻酔下で採卵を行う。寝ている間に採卵はあっという間に終わってしまうので、痛みなども特にはない。

 

「採卵って、手術ですよね? 大変ですよね」

 

と言われることがあったが、採卵自体よりも、それまでの過程と、採卵後にも様々な「関門」がある。

 

採卵までに関していえば、大変なのは、採卵日が決まらないために予定が立てにくいこと、度重なる通院のために時間を開けなければならないこと、そして、毎回の通院のたびに数万円の費用がかかること。採卵や胚移植に比べると少額ではあるが、複数回に及び馬鹿にならない出費となる。受診時は、短くても2時間〜3時間程度の時間を取られるため、通院の予定を組むのも大変。基本的には、自分のプライベートな予定は入れられない。

なんで私の卵巣は他の人のように働いていないんだろう

卵胞がなかなか育たない私は、毎回、採卵までたくさんの通院を必要とした。一つだけ育った卵胞をなんとか育てていく過程は、とても辛かった。なんで私の卵巣は、他の人のようにしっかり働いていないんだろう、と、悔しい気持ちにもなった。

 

採卵が終わると、採卵でちゃんと成熟した卵が取れているかどうかを確認する。未成熟卵であれば、受精を行うことができない。

 

次は、ちゃんと受精するかどうか。受精卵になったらなったで、正常に卵割が進むかどうか。

 

せっかく受精しても、卵割が途中で止まってしまうと、お腹に戻す=胚移植は困難となる。卵割が正常に進まないということは、受精卵がもう死んでしまっている可能性も高くなる。

 

体外受精は、「卵が無事にちゃんと育ったから採卵だね!」「採卵できたから、受精させて、いざお腹の中に戻そう!」というわけにはいかない。

 

採卵までにも長い道のりがあり、採卵後にも、長い長い道のりがあることを、意外と知らない人は多い。

初期分割期胚で止まってしまった受精卵

その日行った体外受精では、無事に一つの成熟卵が採卵できて、そして、無事に受精することができた。

 

しかし、卵割がうまく進まず、通常胚移植を行う目安となる「胚盤胞」という状態に、卵が進むことはなかった。

 

胚盤胞とは、採卵から5日目〜着床前の胚のことを言う。70〜100個の細胞でできていて、2〜3日目の初期分割期胚よりも進んだ段階を指す。通常、自然妊娠の場合の受精は卵管内で起こり、初期分割期胚は、卵管内にある。そこから移動して子宮の中に到達したものが胚盤胞なので、自然な流れとして、子宮に戻すのは、一般的には胚盤胞、が良いとされている。

 

私の場合は、苦労して採卵して1つだけの卵が成熟卵でなんとか受精したもの、胚盤胞にはならずに初期分割期胚で止まってしまった。

 

多くの病院では、胚盤胞にならなかった卵は、廃棄されてしまう。私が通っていたところでは、一つしかないこの分割期で成長の止まってしまった確率の低い卵を、「確率は低い」という前提で、胚移植、つまり、お腹に戻すことができた。

限りなく低い確率に賭ける

世の中に起こることはすべて必然で、運命は決まっている、という人がいる。

 

私は運命についても、神についても、よくわからない。けれど、もし、通っていたのが別の病院だったら、私のところには息子のノアはやってこなかった。胚移植されることもなく、院内で「成長が止まって移植には相応しくない卵」として廃棄されてしまっていただろう。

 

担当医からは、「確率は低いので、また次回頑張りましょう」と言われた。 

 

それでも、少ない可能性にかけて、胚移植に臨んだ。

 

胚移植は、エコーで場所の確認をしながら一瞬で終わる。念のため、当日〜判定日までは安静に過ごすように言われて、自転車で15分ほどの距離の病院から、タクシーで帰宅した。

 

その日は午後から寝て過ごした。判定日までは約2週間強。いくら「確率は低い」「期待はしすぎないほうがいい」と言われても、初めて胚移植まで漕ぎ着けた私は、毎日ソワソワした日を送った。

生理が、きた…?

安静に、と心がけてはいたものの、10日過ぎたあたりからは緊張も緩み、少しブラブラお散歩したり、日常が戻りかけていた頃。

 

不正出血のような出血があった。

 

本来なら、生理予定日だったあたりなので、「生理がきた」と思った。「今回もダメだったのか」と、がっかりしたというよりは、逆に納得したぐらい。

 

ちょうど判定日の前日でもあったので、念のため、ドラッグストアで購入した妊娠検査薬を使用してみた。

 

陽性だった。

 

ピンクの線がうっすら浮かんでいた。

 

あまりにも薄い線で、少し前に妊娠して、臨月を迎えて里帰りしていた友人に写真を送り、「これって陽性?」と確認したほど。

 

妊娠検査薬を信じられず翌朝、妊娠判定のための来院予約をした。

 

その日は仕事だったので、仕事が終わるまでの数時間、ソワソワして落ち着かなかった。
同じ不妊治療クリニックに通っていた友人は、すでに妊娠8週を迎えており、彼女に何度もラインした。誰かと話していないと、落ち着かなかった。

 

病院での妊娠検査は陽性だった。

 

この時は、嬉しいというより、実感がない、よくわからない、という気持ちの方が勝った。喜びは、そのあとでじわじわと湧いてきた。

大変なのはお金だけではない不妊治療

不妊治療は、本当に終わりが見えない。苦しい。辛い。経験したことがない人には絶対にわかってもらえないしんどさがある。

 

「何がしんどいのか」を、言葉で説明することも難しい。

 

今、国は、不妊治療に対しての保険適応を検討しており、治療費の負担を軽減するように動いている。所得制限はあるものの、今も自治体によって補助金制度がある。

 

けれども、お金がかかるから大変なだけではない。不妊治療のために、仕事先にも迷惑をかけ、時には支障をきたし、プライベートで友達と会う予定も入れられず、難なく妊娠し「できちゃった」という友人に対して複雑な思いを抱き、自分を責める。

 

そんな不妊治療の現実を少しでも日本社会に知ってもらいたいし、「命」について考え直す時間を一人でも多くの人に持ってほしいと思う。
 

 

 

山下 真理子

 

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