バーチャルナイトクラブの隆盛が暗示すること
では、ライブコンサートの体験は、ライブストリーミング配信によって揺らぐことになるのか。そうなるはずと強く信じる向きもある。
カナダ企業のサイドドアも、そうした立場を取り、アーティスト向けに独自のコンサートの場を提供している。当初、同社は従来のライブコンサートのサポート業務を手がけていたが、即座に方針を変え、アーティストが有料のオンラインコンサートをどこからでも簡単に開催できる環境を提供するようになった。
「これならいけそうだとすぐにわかったので、プラットフォームに正式に変更を加えることにした」と創業者のローラ・シンプソンは説明する。
「今回の転換を通じて、アーティストのために働き、いつでもどこでもライブを開催できるようにして、すべてをオンラインに移行させるという自分たちの価値観や使命をとことん守り抜くことができました」
このような展望を抱いているのは、シンプソンだけではない。2011年からコンサートのライブストリーミング配信を手がける企業、ステージイットの創業者、マーク・ローウェンスタインもその1人だ。「これは危機的状況下でのコミュニケーションにとどまらず、継続的にファンとの絆を強めていくうえでも効果的。従来以上に頻繁にコミュニケーションを取ることも可能」とローウェンスタインは説明する。
私たちの暮らしのなかで見直しが進められている体験や活動は、コンサートばかりではない。
■ナイトクラブ
パンデミック中にバーチャルナイトクラブが次々に誕生し、実際に客がカネを落としている。『フォーチュン』誌が次のように報じている。
「ズームを使った『クラブ・カランティ』なるオンラインパーティがある。その辺のボトルサービスを売りにしたクラブにありそうなものはすべて揃っている。ないのはシャンパンクーラーくらいだ。ゲストは10ドルのチケットを購入してパーティ会場に入る。80ドル払えばプライベートルームも利用できる。会場にはインスタグラムで有名なDJやセクシーな踊りを披露するダンサーもいる」
今、ズームなどのビジネスツールを使ってクラブ遊びをオンラインで再現したナイトクラブが次々に登場していて、検疫を意味するカランタインをもじって命名した「クラブ・カランティ」もその1つに過ぎない。
大手ゲーム関連製品メーカーでeスポーツのスポンサーも務めるレイザーの共同創業者であるミンリャン・タンも、そこに商機を見出した1人。パンデミックのなか、タンが率いるレイザーは、シンガポールにあるナイトクラブのズークグループやライブストリーミング専門業者と手を組み、バーチャルなレイブパーティ(大規模音楽パーティ)を開催している。しかもオンラインで参加している観客は、DJとのチャットや交流も楽しめる。タンは次のように言う。
「この感染拡大が収束したら、人々の行動は劇的に変わるでしょうね。今後クラブが通常営業に戻ったら、対面のクラブだけでなく、ストリーミングも続けるはずです」
タンの見立てが正しければ、問題は売り上げである。そもそもライブイベントのバーチャル版に、人はカネを払う気になるのか。客が中国人なら、十分にあり得る話である。2020年2月、北京にあるナイトクラブ「クラブ・サー・ティーン」がライブストリーミング配信を実施したところ、約230万人が楽しんだのだ。中国では、ほかにも数十のクラブが、最近「クラウド・レイブ」と呼ばれているイベントを開催し、数百万元(1元は約16円)を売り上げている。
伝説のアーティスト、プリンスの不朽の名曲の歌詞に「(どうせ世紀末なのだから)とことんパーティを楽しもう」という意味の一節があるが、2020年に始まったパンデミックに翻弄されたナイトクラブ業界にとって、まさにそんな思いだったのかもしれない。
ダグ・スティーブンス
小売コンサルタント