息子のために世界で唯一のパティシエになる
完全に嫌がらせ客だと決めつけ、どうしたら早く帰ってくれるかと思案をめぐらせていると、彼は僕の料理道具屋人生を変えるひと言を口にしたのです。
「実は、僕の子がニッケルアレルギーっていう金属アレルギーでさ、市販のケーキは食べさせてあげられないんだよね。小麦アレルギーとか牛乳アレルギー向けのケーキはいくらでも手に入るんだけど、ニッケルアレルギー向けは売ってなくてさ。自分の子がケーキのおいしさも知らずに大きくなっていくと思うと、なんか悲しくてさ……。だったら、自分がつくってやるかって思ったんだ」
お客様のお子様が患っているアレルギーは、ニッケルに触れたり、ニッケルに触れた食品を食べたりするだけで、かゆみや発赤を起こすというのです。
専門店にやって来れば、その願いが叶う道具を見つけられるかもしれないという切実な思いでご来店くださったのでした。
それにもかかわらず僕は「たぶん……」「おそらく……」「……だと思います」「……と書いてあります」と、知識のなさゆえ曖昧な答えしかできなかったのです。
結局、お客様は何一つ道具を購入せずに店を後にしました。息を切らせて来店したのに、何一つ買わずに……。
きっと、「我が子のために世界で唯一のパティシエになる」という願いを持って、ご来店くださっていたはず。しかし、僕は何一つお手伝いできませんでした。
「専門店と名乗っていながら、なぜこれまで道具に本気で向き合って勉強してこなかったんだ? あんなに時間があったのに、なぜ目の前の道具を調べようともしなかったんだ」
なぜ、なぜ、なぜ……悔やまれてなりませんでした。
■自社の強みを棚卸ししてみると……
振り返ると、質問してくるお客様はこれまでにもたくさんいらっしゃいました。
でも僕は、どれだけ時間をかけて接客しても購入してくれるとは限らないと、本気で相手にしてきませんでした。売価を1円でも下げる方法ばかりを考え、接客しなくても買いたくなるような安い商品を仕入れることにしか興味がありませんでした。
商品に対する知識はもちろん、愛情や思い入れもありません。すべては、売上を上げるための手段でしかなかったのです。
「僕はいったい、何をやっているんだろう?」
子どものころから、僕は人を笑わせることが好きでした。人の喜ぶ姿を見るのが大好きでした。
なのに、売上への執着から人を笑顔にする喜びをすっかり忘れていました。
これまで信じて突き進んできた商売は、何かが間違っていました。必死になってどこよりも1円でも安く売ることができても、誰も喜んでくれませんでした。
「売上を上げながらも人を喜ばせる方法はあるはずだ。しかも、最高の笑顔をつくりだせる“笑顔の濃度”が高い商品で勝負したい。どうしたらいいのか……」