「食べ比べたりなんてしてないからわからないよ」
すると、まさかの回答をもらいます。
「うちは道具をつくるのはプロだけど、実際に食感を食べ比べたりなんてしてないからわからないよ」
商社やメーカーに問い合わせれば、間違いない正解を得られると思っていた僕にはその言葉はショックでした。しかし、お客様からの質問に答えられない点は僕も同じです。
仕方なく、取り寄せて自分で試してみることにしました。アマゾンのカスタマーレビューなどの書き込みも参考にしながら、商品説明に「ふわふわ」とか「軟らかい食感」と書かれている商品をカタログから12種類取り寄せました。
そのすべてを食べ比べてみると、驚愕の事実に気づきます。
今まで機能などほとんど変わらないと思い込んでいたのに、道具によって食感や味に明確な違いがあるのです。しかも、商品説明には「ふわふわ」と書いてあるのに違っていたり、「軽い力でおろせる」と書いてあるものがまったく軽い力で使えなかったりと、一つひとつの違いに驚かされました。
そして、僕は幸運に恵まれます。取り寄せたおろし金の中に、どれよりも圧倒的に食感が軟らかく、ふわふわとした口どけの大根をおろせるものを見つけたのです。
「これだ! 間違いなく、これがお客様の探しているおろし金だ!」
見つけられた嬉しさに震えながら、すぐにお客様に連絡しました。大根をすりおろして食べてもらうと、「……うん、これだ! この食感だ! よく見つけたな!」と、今までの接客で見たこともないような満面の笑みを見せていただきました。
でも、僕は安堵すると同時に、どんどん心が曇っていきました。なぜなら、そのおろし金はとても高価なものだったからです。
当時、飯田屋で取り扱っていたおろし金はいちばん安いもので980円、もっとも高いもので1980円。それはなんと5000円(現在は税込5500円)もしたのです。
僕は「レジ前は戦場」だと思っていました。お会計時には、値切られるのが当たり前。
少しでも安く交渉しようと、他店の価格を引き合いに出されます。それに打ち勝つために、僕も「どこよりも安い飯田屋」にしようと戦ってきたのです。
それなのに、2倍以上もする高価なおろし金を紹介したら、「こんなに高いものを売りつけようとしやがって!」と怒鳴られるんじゃないかと不安でいっぱいになりました。
「すみません。気に入っていただけたのは嬉しいのですが、こちらの商品は5000円もするんです……」とおうかがいを立てるように恐る恐る聞きました。
すると、呆気ないくらいすぐに「よし、わかった。それで買うよ」と、1円も値切らずに、笑顔でクレジットカードを手渡してくる神様がそこにいました。怒るどころか、「ありがとうな。また来るよ!」と嬉しそうに帰っていくのです。
拍子抜けした僕は、お客様の背中を見送りながら「なんで怒らなかったのだろう?」と、呆然と立ちつくしてしまいました。高いものに喜んでお金を払い、笑顔で帰っていくお客様に出会った経験がなかったからです。
そして、一つひとつの料理道具が持つ味への影響力の大きさに初めて気づいたのです。
飯田 結太
飯田屋 6代目店主