全米各地で郊外住宅ブームが起きている
何らかの明るい見通しがあるとすれば、居住スペースと事業用スペースの両方で、賃貸料がまず確実に下がることだろう。不動産価値が長期的に低下すれば、デジタルに強い新たな起業家が地域に根ざしたビジネスを引っ提げて、こうした都市に乗り込み、時間の経過とともに、その街の本物らしさや独自性、魅力を再び育んでいくはずだ。
同様に、高所得者が各地に分散することで、これまではテクノロジー企業進出の恩恵とは無縁だった地域にも、新たな繁栄と成長がもたらされる。過去10年間の状況とは打って変わって、新規事業やスタートアップが揃いも揃って、ロンドン発だの、ニューヨーク発だの、サンフランシスコ発だの、と謳う必要もなくなる。
このような人口流出を機に、空きが増えた街の再編が進むだけでなく、その周辺の郊外地域も変貌を遂げる。
■〝郊外詣で〟を始めた都市部の若者たち
1990年代から2000年代初めまで、特に若者たちは、高給の仕事や都会暮らしの刺激を求め、郊外の実家を飛び出して都会に押し寄せた。彼らは、大きなスペースは不要と割り切って、目の飛び出るような賃料でも喜んで手狭なアパートを借りた。都市はこうした若者たちの遊び場になった。賑やかな通りやショップ、カフェ、レストラン、クラブが織りなす街並みは、さながら鮮やかなタペストリーのようで、若者たちにとっては、自分たちのために発展した街であることを常に実感できる風景だった。
だが、コロナ禍がこれをひっくり返してしまった。
たとえば、マンハッタンでは、住宅の空室が急増している。2020年7月、「わずか1カ月前の6月と比べて、アパートの空室流通量が21.6%も増加し、前年同月比では121%増」と各種レポートが伝えていた。『ニューヨークタイムズ』紙によれば、実際の空室数は6万7300室に上り、ここ10年以上で最大の空室数となった結果、賃料は10%低下している。
ニューヨークやサンフランシスコなど沿岸の大都市を捨てて、ワイオミング州ジャクソンやユタ州プローボ、オハイオ州コロンバスなど、もっと小さくて魅力的な町や市に移り住む人もいるが、どちらかといえば、勤め先の都市からあまり離れていない地域に引っ込む人のほうが多いだろう。
結局のところ、企業が従業員のリモートワークを積極的に受け入れるとしても、依然として、多くの企業は定期的な対面のチームミーティング出席を求める可能性があり、そんなに遠くに移住するわけにもいかないのである。このため、若者たちも、両親や祖父母の世代と同様に、郊外詣でに乗り出すことになる。
この移住の第1陣はすでに動き出しているようだ。早くも2020年8月時点で、ブルームバーグが「都市脱出組、全米各地で郊外住宅ブームの火付け役に」と題した記事を配信している。
<アメリカ全土で人口密集度の低い地域への脱出が見られるが、物価も密集度も高いニューヨークやロサンゼルス、サンフランシスコからの脱出が特に顕著だ。マンハッタンでは、分譲マンションや共同所有アパートの7月の成約数が前年同月比で60%の下落となった。一方、ニューヨーク中心から30分~1時間弱の北部郊外都市に当たるコネチカット州のウエストチェスター郡やフェアフィールド郡といったベッドタウンでは、戸建て住宅価格が2倍に跳ね上がった。>
総合すれば、ホワイトカラー職の勤務場所の自由が広がり、低コストで広い居住スペースが確保できるようになったため、ここ70年以上見られなかった都心からの流出の流れが加速し、おそらくは、所得と富の分散が近代史上、最も大きくなっている。
さらに、仕事の概念が進化して、大きな移動の自由が生まれ、集中管理型のオフィスにあまり依存しなくなれば、教育も無縁ではいられない。
ダグ・スティーブンス
小売コンサルタント