伺い知れない母娘関係も、穏やかな最期
そのあとすぐに妹さんもかけつけきて、「H江さんたら、お昼寝してたら息が止まっちゃったのよ」とふたりで涙しながらも、「みんなに面倒を見てもらって本当に幸せだったね」と、泣き笑いしながらお話しされていました。
亡くなったあとに身体をきれいにして身なりを整えることを「エンゼルケア」と呼びますが、私たちみんなでH江さんのお身体をきれいにしているときにも、「よかったね。きれいにしてもらってね」と、娘さんたちは穏やかな笑顔を浮かべていました。
最期のお着替えでは、できるかぎり患者さんご本人らしいスタイルになるよう、たとえば上着をズボンにインにするのかアウトにするのか、あるいはシャツのボタンをいちばん上までとめるかどうか、男性の場合だったら、どこのヒゲを残すのかどうかなどもご家族に確認し、細かいところまで気をつけるようにしています。
H江さんには1本だけ、お顔にぴーんと長いヒゲが生えていました。切ったほうがいいのかなと迷った私たちは、念のため娘さんに確認してみることにしました。
すると「それはね、竜のひげって呼んで大事に育てていたんです(笑)」というお返事。切らずに残しておくことにしました。
送るのはとても寂しくもありましたが、思い出話をしながら頑張ってきた彼女の人生をみんなで称えるような、穏やかな最期になりました。
娘さんとH江さんの関係が昔どうだったのか、第三者にはとうてい計り知れないものです。
ただ1年ほど前に、娘さんがこう話してくださったことがありました。
「まあ、いろいろあったけど、でも、もうこうなったらねえ。私が看ていこうかしらって、思ったのよね」
それまでの関係がどうであれ、娘として最期は家から見送ろうと心を決めているようでした。
誰もが歳には勝てませんし、永遠の命もありません。どんな人にもいずれは最期がやってくるものです。介護する側は、その現実をどこかで覚悟しつつも、日々後悔の残らないようにしていくことが、最終的に穏やかで納得できる看取りにつながるのではないかと思います。
娘さんもきっと、自分がやれることをすべてやりきったからこそ、泣き笑いで見送れたのでしょう。母であるH江さんも、その思いを受け取って安心し、眠ったまま穏やかに逝ったのではないでしょうか。
旅立つ側も、見送る側も、互いにせいいっぱいできることをやって頑張ってきた。その充足感が、穏やかな在宅死につながるのかもしれません。
中村 明澄
在宅医療専門医
家庭医療専門医
緩和医療認定医