家族の協力で最期まで自力でトイレに
80代のI介さんはちょっぴり頑固なおじいちゃん。肺がんの終末期でした。
介護をされている奥さまも80代で、ご近所に住んでいる娘さんが、ときどきお手伝いに来ていました。
動くと呼吸が苦しく、通院がむずかしくなってきたので在宅医療を受けることになりました。まわりはみんな心配しているのですが、当のI介さんは大のトレーニング好き。運動すると呼吸が苦しくなってくるにもかかわらず、ちょっと気分がいいと、ご自宅の小さなジムセットでダンベル体操をはじめてしまう方でした。
医療者としては、「呼吸が苦しくなっちゃうから、ちょっとやめておきましょうか」と言いたくなるところですが、ご自宅なので何をしようが自由。「これやると、苦しいんだよなあ」なんてニコニコしながら、今度はエアロバイクをこいだりしているのです。私が「トレーニング、無理しないでくださいよ」とお願いしても、伺うたびに「いや~、先生、あれ苦しいんだよ」という具合で、「せめてお薬飲んでからやりましょうか」というやりとりをいつもしていました。
病気が進行し、さらに苦しくなってきて、トイレに行くのもむずかしくなってきました。しかし、I介さんは頑として自分で行こうとします。
肺の悪い方の終末期では、トイレに行くこと自体が命取りになってしまうことがあります。トイレに行こうとして亡くなったり、トイレで排泄中に亡くなってしまうことがあるため、I介さんの場合も心配でした。
ただ、どんな患者さんもそうですが、やはり家族であっても下の世話はさせたくないという思いがあるもの。I介さんもゼイゼイ言いながら、娘さんと奥さま二人がかりで支えてもらって、何とかトイレに行っていました。
「頑固だから、それで死んじゃっても、本望よね。本人がどうしても行きたいんだから仕方ないわね」と、ご家族。
余命はあと1週間もあるだろうかという状況で、立つのもやっとだったのですが、トイレに座ることにこだわるI介さんのためにポータブルトイレを購入することになりました。介護保険を利用して1割の負担額で購入できるものです。ただこの病状では、すぐに使えなくなることが多いため、あまりおすすめすることはないのですが、I介さんのトイレへのこだわりに、ご家族は購入に踏み切りました。結局、2回ほど使ったでしょうか。
それでも病院にいれば、トイレに行くなんてことはまず許してもらえないでしょう。自宅で、ご家族の協力のおかげで、I介さんは、最期まで自分のやり方を貫くことができていました。