最期まで在宅で自力トイレ…80代肺がん末期夫が起こした奇跡 (※画像はイメージです/PIXTA)

高齢者の介護を高齢者がおこなう老々介護が全国で続出しています。今回は98歳の認知症の母親を、これまで不仲だった娘が、在宅で介護をする事例を紹介します。本連載は中村明澄著『「在宅死」という選択』(大和書房)より一部を抜粋し、再編集した原稿です。

家族の協力で最期まで自力でトイレに

80代のI介さんはちょっぴり頑固なおじいちゃん。肺がんの終末期でした。

 

介護をされている奥さまも80代で、ご近所に住んでいる娘さんが、ときどきお手伝いに来ていました。

 

動くと呼吸が苦しく、通院がむずかしくなってきたので在宅医療を受けることになりました。まわりはみんな心配しているのですが、当のI介さんは大のトレーニング好き。運動すると呼吸が苦しくなってくるにもかかわらず、ちょっと気分がいいと、ご自宅の小さなジムセットでダンベル体操をはじめてしまう方でした。

 

医療者としては、「呼吸が苦しくなっちゃうから、ちょっとやめておきましょうか」と言いたくなるところですが、ご自宅なので何をしようが自由。「これやると、苦しいんだよなあ」なんてニコニコしながら、今度はエアロバイクをこいだりしているのです。私が「トレーニング、無理しないでくださいよ」とお願いしても、伺うたびに「いや~、先生、あれ苦しいんだよ」という具合で、「せめてお薬飲んでからやりましょうか」というやりとりをいつもしていました。

 

病気が進行し、さらに苦しくなってきて、トイレに行くのもむずかしくなってきました。しかし、I介さんは頑として自分で行こうとします。

 

肺の悪い方の終末期では、トイレに行くこと自体が命取りになってしまうことがあります。トイレに行こうとして亡くなったり、トイレで排泄中に亡くなってしまうことがあるため、I介さんの場合も心配でした。

 

ただ、どんな患者さんもそうですが、やはり家族であっても下の世話はさせたくないという思いがあるもの。I介さんもゼイゼイ言いながら、娘さんと奥さま二人がかりで支えてもらって、何とかトイレに行っていました。

 

「頑固だから、それで死んじゃっても、本望よね。本人がどうしても行きたいんだから仕方ないわね」と、ご家族。

 

余命はあと1週間もあるだろうかという状況で、立つのもやっとだったのですが、トイレに座ることにこだわるI介さんのためにポータブルトイレを購入することになりました。介護保険を利用して1割の負担額で購入できるものです。ただこの病状では、すぐに使えなくなることが多いため、あまりおすすめすることはないのですが、I介さんのトイレへのこだわりに、ご家族は購入に踏み切りました。結局、2回ほど使ったでしょうか。

 

それでも病院にいれば、トイレに行くなんてことはまず許してもらえないでしょう。自宅で、ご家族の協力のおかげで、I介さんは、最期まで自分のやり方を貫くことができていました。

在宅医療専門医
家庭医療専門医
緩和医療認定医

2000年東京女子医科大学卒業。国立病院機構東京医療センター総合内科、筑波大学附属病院総合診療科を経て、2012年8月より千葉市の在宅医療を担う向日葵ホームクリニックを継承。2017年11月より千葉県八千代市に移転し「向日葵クリニック」として新規開業。訪問看護ステーション「向日葵ナースステーション」、緩和ケアの専門施設「メディカルホームKuKuRu」を併設。緩和ケア・終末期医療に力をいれ、年間100人以上の患者の方の看取りに携わっている。病院、特別支援学校、高齢者の福祉施設などで、ミュージカルの上演をしているNPO法人キャトル・リーフも理事長として運営。著書に『「在宅死」という選択 納得できる最期のために』(大和書房)がある。

著者紹介

連載「在宅死」という選択で自分らしい生き方と逝き方を探る

「在宅死」という選択~納得できる最期のために

「在宅死」という選択~納得できる最期のために

中村 明澄

大和書房

コロナ禍を経て、人と人とのつながり方や死生観について、あらためて考えを巡らせている方も多いでしょう。 実際、病院では面会がほとんどできないため、自宅療養を希望する人が増えているという。 本書は、在宅医が終末期の…

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