「ケインズの美人投票」と「投機的取引」の共通点
砂上の楼閣理論をもう少し詳しく説明するにあたり、イギリスの著名なマクロ経済学者であるケインズが「雇用・利子および貨幣の一般理論」のなかで例えとして言及した「美人投票」について取り上げたい。
ケインズは株式市場の収益は大きく「投資的収益(Investment Return)」と「投機的収益(Speculative Return)」に区別できると述べている。投資的収益とは、配当や企業の本質的価値を考慮し、長期にわたって企業価値の増大の恩恵を受けることで得られる投資収益を指す。
一方、投機的収益は、企業の本質的価値を考えず、ただただチャートパターンや他の投資家のセンチメントを追いかけて短期的に売買し収益を稼いだものを指す。
ケインズは、株式投資を美人コンテストの投票に例えた。このコンテストでは、投票者が100人の女性の写真のなかから誰が美人かを考え6人に投票する。美人として選ばれた候補の割合に最も近い割合で投票をした投票者達に多額の賞金が与えられる。このようなコンテストにおいて各投票者は、自分が美人だと思う相手に投票するよりも、他人が美人であると思う候補に投票する。つまり投票者は、100人の候補者を観察・考察するのではなく、候補者の観察者達(投票者達)を観察・考察することになる。
ここでポイントとなるのは、多くの投票者達が投票する美人としてどういった点が平均的になるかを考えるため、投票者間での心理戦が働き、最終的には本質的に美人とは思えない人に投票する可能性が生まれるのである。
ケインズは、この美人コンテストの投票者と投資家は似ていると述べている。つまり、どの銘柄が上昇するかを考えるということは、他の投資家がどの株を買うかということを予想することだと示唆している。
そのような場合、そこにはファンダメンタルバリューを考慮することは重要ではなくなり、短期的な投資家や個人投資家が重視している株価の推移を表すチャートや経済環境・人気テーマなどによって買われるだろうと思われる株を買うことになろう。
たとえ本質的な価値に見合わない価格で株式を買い付けてしまっても、それ以上に高い価格で他の投資家が買うことになれば利益を得られ、最終的に株式ゲームに勝利したということになる。このような場面で使われるテクニカル分析はファンダメンタル派が批判するようにまさに短期、投機的取引以外の何物でもないかもしれない。
「合理的な売買戦略」に取り組むヘッジファンドとは?
ファンダメンタルアプローチとともにテクニカルアプローチを用いるヘッジファンドの多くは、ファンダメンタルアプローチの強み、弱みおよびテクニカルアプローチの強み、弱みをよく分析・研究しており、このような投機的、非合理的な取引を回避すべく、合理的・科学的(確率・統計的)に売買戦略に取り組んでいる。
たとえば、ファンダメンタルバリューはあるものの、バリュートラップ(割安の罠)に陥っている銘柄をテクニカルのサイン(出来高含む)なども活用してカタリスト(きっかけ)として買いタイミングを計ったり(ファンダメンタル派が陥りがちな割安株を塩漬けにして寝かせておくことによる機会損失の減少)、公開情報にはないため、ファンダメンタルズ面からは判断しにくい信用リスクに対し、テクニカルのサイン悪化などを異常検知に活用したりする。
また、ファンダメンタルズで説明できないようなモメンタムやトレンドのアノマリーにもしっかりと対応できるようテクニカル戦略を機械的に組み込み、戦略分散でリスクを管理したり、フェアバリューを遥かに超えた位置で良好なチャートパターンが示現し、砂上の楼閣理論で飛びついて買いに走る個人投資家の投機行動に対し、一旦タイミングをみてファンダメンタルアプローチでショートをかけたりする(テクニカル分析を投機的、非合理的に用いる投資家の買いにより短期のモメンタムが生じる可能性があるため、踏み上げられないようタメを作り、その後、砂上の楼閣のように株価が崩れ落ちるタイミングを計る手法)。
このような手法は、まさにファンダメンタルアプローチの強みとテクニカルアプローチの強みを活かしながら、それぞれの弱みをカバーする、またはクレンジング(それぞれのアプローチの弱みの局面ではその手法を自ら使わず、その一方、弱みの局面で活用している投機的、非合理的な投資家をターゲットに収益を上げ、全体の投資戦略としての質を高めることを指す)する戦略をとっていることがわかる。
テクニカルアプローチによる投資が投機的、非合理的なのではなく、どのような投資家がどのタイミング、局面、時間軸、投資目的でどのように活用するかによって合理的にも非合理的にもなりうるということかもしれない。
■まとめ
伝統的ファイナンス理論をベースに「短期=投機」、「長期=投資」、「ファンダメンタルアプローチ=合理的で正当な投資」、「テクニカルアプローチ=非合理的で投機的な投資」という世界観が長らく金融市場を支配していた。
様々な投資手法が群雄割拠する戦略分散時代に入ったといわれる現代では、このような市場の思い込み・バイアスによって生じた金融市場の歪みやミスプライシングをオルタナティブの視点から投資戦略として活用しようとするヘッジファンドは、はたして合理的な投資家なのか、それとも非合理的な投資家なのか?
ヘッジファンド・オルタナティブ投資の拡大がファイナンス理論の新たな歴史の1ページとなりうるのかどうかを、しっかりと見届けていきたい。
中村 貴司
東海東京調査センター
投資戦略部 シニアストラテジスト(オルタナティブ投資戦略担当)
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