省エネ・断熱タイプの住宅リフォームで地域の活性化を
岩手同友会の村松幸雄代表理事(現・相談役理事)は「菊田さんの上手なそそのかしに乗せられた」と笑顔に冗談を交えつつ、最初は躊躇していた会員たちも「欧州視察で、われわれは中小企業のあり方、エネルギーへの取り組み方などにいたく感動することになった」と語る。
会員経営者は帰国すると自らの感動を社員と共有し、自社の施策に生かそうと幹部や社員に語りかけたという。だが、なかなか理解が得られなかった。
そこで、社員をも視察に送り込むことにした。圧倒的な体験をして帰国してきた社員の言葉で、初めて社内に「エネルギーシフト(ヴェンデ)」の機運が生じてきたと、村松氏はじめ会員は口を揃える。
各会員はエネルギーシフトに関して戦略とでも言うべき考えを抱くようになり、例えば文具や事務機を扱う傍ら、オフィスや商業施設の施工・内装を手掛ける平野佳則平金商店代表取締役は、「エネルギーシフト(ヴェンデ)」には順番が大事で、「使うエネルギーの量を少なくする省エネルギー」「エネルギーを無駄なく使う高効率」、そして「再生可能エネルギーの利活用」の順だと語る。自社の築40年の本社オフィスもその考えで改修したという。
先の村松氏は、前二者については同様だが、再生可能エネルギーなどに関しては「自給自足」を、そして「地元の中小企業から実現していく」ことの重要性を指摘する。
その村松氏は、娘婿の守氏に社長職を譲り、今は会長を務める住宅設備関連企業、信幸プロテックで「エネルギーシフト(ヴェンデ)」を実践している。「設備の総合病院」を目指している同社は、盛岡市郊外の矢巾町にあるが、隣接した自宅の屋根や会社建屋の一部、それに近傍の借地など6カ所に太陽光発電を設備しているのだ。
自宅も17年、床だけだが断熱仕様に替えた。「築30年ほどたっているが、冬場でも孫たちがはだしで飛び回っている。数年前に全面リフォームしたのだが、このときに床だけでなく、天井や壁面、窓も併せて断熱構造にしておけば、エネルギーコストを大幅に下げられたのにと、いま悔やんでいます」と苦笑いする。
そうした経験をも併せて、村松氏が経営者として考えているのは、地域の建築や住宅設備関係企業と協働して、地元の人たちに自宅を簡単に新築するのではなく改築するよう働きかけようということだ。
「(大手メーカー製のプレハブ住宅などの)新築に比べコストは4分の1ですむ。加えて省エネタイプであれば、維持費も安くすむ。しかも施工にあたるのは地元企業。地元にお金が落ちるわけですから、地域にとってもメリットがある」
省エネ・断熱タイプの住宅リフォームで地域の活性化をと、村松氏は意欲満々である。
この村松氏やエネルギーアドバイザー長土居正弘氏らの協力を得て、自社の自動車学校を「35年間陳腐化させない」を目標に高気密・省エネ型に建て替えたのが、やはり岩手同友会代表理事を務める田村満氏だ。
高田自動車学校のトップとして、県内で4つの自動車学校を経営する氏は、平泉町にある校舎が老朽化してきたこともあり、震災後、建て直すことを決めた。「エネルギーシフト(ヴェンデ)」の研究会には初期から出席していたが、当初はむしろ「かわいい建築」を志向していた。しかし岩手同友会の欧州視察などを経験し、また夫人の後押しもあり、「(新しい学校は、岩手や東北の)未来につながる、未来に向けた建物にしたい」と考えるようになったのだという。
国道4号線を、盛岡方面から南下、世界遺産中尊寺の山裾を抜けてしばらく行くと、木造2階建てのシックな建物が見えてくる。これが2016年11月に竣工した平泉ドライビングスクールの新校舎である。
「ヒートショックで多数の死者を出している東北地方の今後の建物のモデルになるようなものを」と田村氏が目指しただけあり、屋根は2重で、なおかつ十分な断熱材が入っている。壁面も同様。窓材も断熱性能の高いものが使われているほか、空調にも十分意を用いており、冬も夏も快適に過ごせるように造られている。
同校の関清貴係長によると「以前に比べると、年間200万円のエネルギーコスト削減が可能になりました」という。居合わせた生徒に尋ねると、「建物も素敵だし、室内環境もとてもいいので、ここを選びました」と話す。省エネ面だけでなく、生徒募集にも効果が出ているのだ。
田村氏は平泉ドライビングスクールで使われた様々な省エネ技術を建築途中から公開する一方、工事に当たっては岩手同友会のエネルギーシフト研究会の仲間にも協力を求めている。省エネ建築の地域リーダーづくりに貢献したいとの強い想いからである。
清丸 惠三郎
ジャーナリスト
出版・編集プロデューサー