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津波で跡形もなくなった被災地とは「まるで違う欧州」
岩手同友会が「エネルギーシフト(ヴェンデ)」※1に取り組む契機になったのは、事務局長の菊田哲氏の、中小企業家同友会全国協議会(中同協)主催のドイツ・オーストリア視察団(以下、欧州視察)への参加である。
「震災3日目から連日、(三陸沿岸部の)被災地へ入って支援活動を行っていたが、これからの地域の姿、地域を支えるはずの中小企業の姿がそこでは全く見えてこなかった。ある意味で思考停止のような状態に陥っていて、落ち込むばかりだった。そうしたときに、中同協から欧州視察に同行しませんかと声がかかったのです」と菊田氏。
集合地のスイス・チューリヒ空港に降り立ったあと、菊田氏らはドイツ南部の大学都市フライブルクに入った。ここは先進的な環境都市としても知られ、緑の多い町中にはトラム(路面電車)が走り、乗用車の中心部への乗り入れは制限されていた。
菊田氏は、津波で町並みが跡形もなくなった、陸前高田市や南三陸町など被災地とは全く異なる、チューリヒやフライブルクの落ち着いた町並みや人々の穏やかな生活ぶりを見て衝撃を受けた。地域の工務店が共同で運営する住宅展示場を見学に出向くと、住宅の外壁は30センチ以上が一般的とされ、窓は三重窓で、南側の窓には必ずブラインドをつけなければならないなど厳しい建築基準が課せられていた。
断熱と省エネが徹底されているのだ。市街地では新築は建てられず、すべてリフォーム。したがって高い収益性を求める大手ゼネコン、住宅会社は撤退し、地元の中小業者に仕事が集まる仕組みになっていた。
視察中、菊田氏がさらに驚かされたのは、日本では大きな寒暖差による「ヒートショック」で死亡する人が年間1万人を超えるとされ、最も深刻な地域が岩手県など東北地方だと、案内の日本人環境ジャーナリストに聞かされたことだった。
「岩手でも冬場、脳卒中などで倒れる人が多いのは確かで、しかしそれは塩分の多い食事などが原因だと聞かされてきた。そうではなく、住宅設備や環境が劣悪だからだと聞かされて言葉を失いました」
菊田氏は視察中思索を重ね、エネルギー云々にとどまらず、社会変革、生き方改革こそが自分たちのテーマでなければならないと考えるようになった。こうした経緯もあり、岩手同友会の取り組みは「エネルギーシフト(ヴェンデ)」へと舵が切られることとなる。
岩手の会員には建築や内装、あるいは設備関係に携る経営者も多い。フライブルクのような住宅リフォームを地域に根付かせることができれば、地元企業に新たな仕事が生まれる。他にも新しいビジネスのアイデアが、視察で巡っているうちに菊田氏は見えてきたように思われた。
帰国すると、菊田氏はこれはという会員を欧州視察に誘った。最初は反応が鈍かったが、「新しい仕事が必ず見つかるから」と繰り返すうちに賛同者が増え、翌2014年2月には研究会が発足、15年3月には岩手同友会単独の第1回視察団が出発する。
その後3回にわたり視察団が派遣され、18年秋にも第5回視察団が派遣された。
視察先は大きな装置と無駄のない循環で農家が発電し、地域の家庭や学校に供給しているドイツのエネルギー自立村フライアムトや、社員六十数人の地元中小企業が供給する集成材とコンクリートのハイブリッド建材で、高層かつ快適空間を実現しているオーストリア・ドルンビルン市など、そのたびに異なる。