クリニック経営改善のヒントは、「レセプト」という身近な数字に隠れています。レセプトを単に「診療報酬点数を請求するための書類」と認識しているドクターが多いようですが、実はクリニックの経営分析資料としても活用できるのです。具体的な分析方法について見ていきましょう。

「肌感覚」「思い込み」で意思決定する院長が多すぎる

レセプトはクリニック経営の“盲点”です。数字を基にクリニックの「現在地」を把握できるレセプトデータの最大の価値は、クリニックの強みや課題を「見える化」できることにあります。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

 

では、なぜ「見える化」することが大事なのでしょうか? 私がこれまで何百人もの院長と接してきた中で感じているのは、肌感覚や思い込みを基に意思決定する方が多いということです。具体例を挙げてみましょう。

 

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院長「糖尿病患者のレセプトで、コメント漏れが多いと医事スタッフから指摘があるんです。毎月、まとめて数百件の修正が上がってくるので困っています」

 

筆者「糖尿病の患者は、一ヵ月に何人くらいいるんですか?」

 

院長「結構いますよ」

 

筆者「何人ですか?」

 

院長「かなり多いんですよね」

 

筆者「だから何人ですか?」

 

院長「…」

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この院長の場合、体感として「多い」と感じているだけで、具体的な数字は把握していません。解決策としては、糖尿病患者には必ず行う「ヘモグロビンA1c(HbA1c)」の血液検査数を見れば、患者数を把握できます。この検査を実施した患者を電子カルテでピックアップし、修正すればいいのです。

 

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筆者「HbA1cの検査は、一ヵ月に何件実施されていますか? 電子カルテで検索集計してみてください」

 

院長「400件です」

 

筆者「一週間あたり100人、一日あたり20人ですね。毎日の診療の中で、この患者のカルテをチェックするようにしましょう。まとめて修正すると大変ですが、毎日20人なら、修正もそれほど苦にならないのではないですか?」

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また、特殊な症例や難症例がある場合にも、同じようなことがいえます。

 

「うちはXXの患者が多くてね」とおっしゃいますが、レセプトを見れば、一ヵ月に1〜2件しかないことがよくあります。胸を張りたい気持ちも分かるのですが、「そういうところは気にしなくてもいいんじゃないですか? 経営にとってもっとインパクトが大きいところに時間とお金をかけて仕事をした方がいいと思います」と率直にお話ししています。

 

人が人である以上、物事を判断するときにバイアスがかかってしまうのは仕方がありません。ただそれを、クリニックの未来を占う経営判断にまで持ち込むことは危険です。経営を改善、安定させる的確な判断を下すためには、“共通言語”となる数字を活用するレセプトデータは具体的な根拠となるのです。

 

経営に重要なレセプトデータを「ABC分析する」

ここからは、レセプトデータの具体的な分析方法についてお話ししましょう。

 

まず、現在の電子カルテからはさまざまなデータを抽出することができます。基本的なデータは、①レセプト単価 ②来院回数 ③診療単価の3つです。そして、診療収入を行為別に分解したデータは、(メーカーによってフォーマットは若干異なりますが)①診察料 ②医学管理料 ③在宅医療 ④処置 ⑤検査 ⑥手術 ⑦処方となっています。

 

これらのデータを活用するために行うのが「ABC分析」です。多くの指標の中から重視するポイントを決め、「A、B、C」と優先順位をつけて管理する手法で、「重点分析」とも呼ばれています。クリニックの場合、来院患者の主病名や診療行為を多い順に並べて上位項目を絞り込むのです。

 

主病名のABC分析において、よく使われるのがパレート図です【図表】。主病名ごとの患者数を示す棒グラフと累積構成比を示す折れ線グラフを組み合わせたもので、患者の属性がひと目で分かりやすいのが特徴です。

 

【図表】内科クリニックのパレート図(主病名別)

 

【図表】は内科の例ですが、糖尿病や高血圧症といった生活習慣病が上位に来るのはどのクリニックにも共通しているでしょう。それに次いで、心疾患や消化器系疾患等ドクターの専門科目に応じた病名が並ぶのが一般的かと思います。このパレート図を基に全体の8割にあたる主病をピックアップすると、10件前後に絞られるのではないでしょうか。

 

これはクリニックに限らず、さまざまな分野に適用される考え方です。コンビニやスーパーで、顧客全体の上位2割が売上高全体の8割を占めている。全従業員の2割が会社の売上の8割を生み出している。社会全体の2割程度の高所得者が所得全体の8割程度を占めている――。

 

ビジネスやマーケティング領域で広く活用されている「パレートの法則」が、まさにこの「パレート図」の基になる考え方です。

 

また、診療行為についても同じような分析が可能です。一般的な電子カルテには患者に提供されたすべての医療サービスが、診療行為ごとに集計したデータとして蓄積されています。医業収入をそれぞれの項目(診察料、医学管理料、在宅医療、処置、検査、手術、処方)に分類し、収入ベースでABC分析を行うと、内科では「医学管理料」「検査」「在宅医療」等が上位ランキング入りするでしょう。

 

各項目をさらに細分化し、ABC分析をして具体的な診療行為を絞り込めば、自院のどの診療行為に重点的に取り組むべきかがより明確になります。

 

内科の「医学管理料」を例に挙げると、「特定疾患療養管理料」(診療所225点、月2回)や「特定薬剤治療管理料」(470点、月1回、4ヵ月目以降は235点)、「外来栄養食事指導料」(初回260点、2回目以降200点)等が収益の柱となっている場合が少なくありません。

 

ただし収益性ばかり追いかけてしまうと、診療の質の低下を招きかねないので、「患者のためになっているのかどうか」という視点は忘れないようにしてください。

 

実現性の高いアクションプランを立てるための「指標」

ともあれ、上位の主病名に該当する患者は“重要患者”であり、上位の診療行為は“重要診療”だと認識する、要は自院の個性を把握するところから、クリニックの経営改善は始まるのです。

 

私たちコンサルタントがクリニックの経営改善に携わる場合、「現状分析⇒問題点(課題点)のあぶり出し⇒アクションプランの立案⇒結果の検証」という、いわゆるPDCAのサイクルを回していく手法を取っています。よい結果を導き出すためには、綿密な現状分析を行い、実現可能性の高いアクションプランを立案していかなければなりません。普段、私が活用している指標をいくつかご紹介しますので、ご参考になさってください。

 

●診療行為別集計表

クリニックの収益(利益)の柱になっている診療行為を特定します。収益に貢献している医療行為がなんであるかを理解することで、資金や時間を投下すべきポイントを絞り込めます。

 

●モダリティ別の稼働率

医療機器の稼働率(検査件数と売上)を把握しましょう。必ずしも採算が取れる機器ばかりではありませんし、患者さんのために採算を度外視してでも導入したい、使いたいと思われる機器もあるかもしれません。「部分的には赤字を出しても、クリニック全体で黒字を出せばいい」という柔軟な発想を持ちながらも、投資に対する費用対効果は検証しておきましょう。

 

●初診比率(件数)

診療科目によって初診患者の比重は異なりますが、初診患者が一定数いて初めて、経営が安定することに変わりはありません。毎月の管理指標の一つとして定点観測していきましょう。問診票等で「なにをご覧になって当院を知りましたか(複数回答可)」という項目を設け、口コミなのか、広告、ホームページなのか、患者の来院動機を知ることも有効です。

 

●再診比率(件数)

再診患者、いわゆるリピーターは、初診患者と同じように定点観測すべき経営指標です。「再診比率=リピート率」は患者顧客満足度を測るものさしになります。長期的な観点で管理する項目の一つです。長く続いているお店がもれなく常連さんやリピーターに支えられているように、繁盛しているクリニックも再診比率は高い数値で安定しています。

 

●来院患者属性(年齢、主病、来院時間等)

来院患者の年齢や主病、来院時間を知り、傾向を把握することは、クリニックの経営目標を立てるうえで重要です。ターゲットとなる患者を絞ったうえで、最も満足度が高まりやすい医療サービスを検討しましょう。5年、10年と通い続ける固定患者となり得る層は、長期的な経営安定を図るうえで鍵を握ります。

 

 

柳 尚信

株式会社レゾリューション 代表取締役

株式会社メディカルタクト 代表取締役

 

 

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※本連載は、柳尚信氏の著書『クリニック経営はレセプトが9割』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

クリニック経営はレセプトが9割

クリニック経営はレセプトが9割

柳 尚信

幻冬舎メディアコンサルティング

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