衰退している古い業界にある「一つのメリット」とは
衰退している古い業界には一つ、メリットがあります。それは、積極的な成長産業のやり方を新しい取り組みとして導入することで、比較的容易にイノベーションが実現できることです。
その一つがフィッティング(試着)です。アパレル業界では当たり前の試着サービスを提供する店が、きもの業界では皆無だったのです。筆者自身、たくさんの和装肌着や小物を買っては、体に合わず、箪笥の肥やしにしていましたから、自身の商品でそんな思いはしてほしくないと考えたのがきっかけでした。
この取り組みは、初めてデパートに出店した13年前から始めました。それまでのきもの業界では、肌着を試着させてくれる店など一つもなかったので、とても好評でした。アパレル業界という見本があったため、試着サービスを導入してもまったく問題ないという確信がありましたから、筆者にはなんの不安もありませんでした。
下着・肌着類を買うとき、試着を希望する方は少なくありません。人によって体型は千差万別。サイズ表では自分に合っているように見えても、実際に身につけてみると、意外とフィットしなかったというケースが大いにあります。それは、体型の違いのみならず、感覚の違いも大きいからです。まったく同じ体型の方に同じサイズを着用させても、片方はきついと感じ、片方はちょうどいいと感じる、などということはざらにあります。
下着売り場に陳列されているブラジャーの多くは、パッケージされていません。そのため、試着された商品はそのまま、売り場に戻せます。ところが、和装肌着は面積が大きいこともあり、1点ずつパッケージングされているのが普通でした。試着が済んだ商品をもう一度パッケージに戻して陳列しなければならないというのは、現実的ではありません。多くの和装企業で和装肌着の試着をさせなかった理由かもしれません。
前代未聞の「和装肌着の試着サービス」を提供し…
筆者は、「お客さまは、和装肌着も試着したいと思っているはず」と考え、なんとか試着サービスを提供できないか模索し始めましたが、これについてはなりゆきにさからわず任せることで解決したのでした。いちばんのハードルは、適切にフィッティングすることができるアドバイザーの問題でした。
当時もいまもそうですが、大きな催事や百貨店の場合、商品の貸し出しだけでなく必ず販売員を付けなくてはなりません。初めは筆者が一人でこなし、そのうちに気仙沼のスタッフを連れて行くようになりました。だんだんそれでも間に合わなくなってきて、東京や大阪など主要な催事先でアドバイザーを現地調達するようになりました。
その過程で商品の特質を勉強してもらい経験を重ねてもらううちに、彼女らのフィッティング技術が向上したのはもちろんのこと、どんどん頼もしいビジネスパートナーとなり、いまのたかはしを支えてくれています。これは狙ってそのような仕組みをつくったわけではありませんが、〝なんとかしなければ〟と真剣に考えるなかでの「ひょうたんから駒」だったのです。
ほどなく筆者の会社では、全商品・全サイズの試着用サンプルを無償で貸し出し、店頭に用意することが当たり前になりました。希望されれば、アドバイザーもセットで貸し出します。試着が済んだ商品は、その都度洗ってアイロンをかけます。手間やコストはかかりますが、お客さまの満足度を高めることが最優先です。
ネットショップが台頭してきてからは、インディーズショップのように自作の商品をダイレクトに売る手法はどの業界でもまったく珍しくなくなりました。しかし、自社で商品を開発・製造し、問屋を通さず自社店舗で売るという筆者たちのやり方は、当時のきもの業界では珍しいスタイルでした。直接の卸しはしていますが、中間業者への卸はいっさいしていないので取引先の顔が全部見えます。
筆者の会社の特徴の一つである「店頭などで顧客ニーズをキャッチし、自社工場でつくり込みを行って素早く市場に提供する」という方法は業界では珍しい形でしたが、他業界でのビジネスモデルは、成功例が目の前にありました。それはユニクロです。ユニクロは筆者たちが製造業に乗り出す10年以上も前から、SPA(製造小売業。企画、生産、販売までの全工程をすべてまかなうビジネスモデル)に乗り出して成功を収めていました。
このように、成長産業の既存の取り組みを古い業界に取り入れることは、かなり有効です。ゼロから斬新なビジネスモデルを発明するのは、とても難しいことですが、ほかの進んでいる業界のやり方を参考にするなら、ハードルは低いといえるでしょう。
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