2020年、新型コロナの感染拡大で世界の自動車産業も大きな打撃を受けたが、トヨタ自動車は2021年3月期の連結決算は、売上高27兆円、純利益は2兆2452億円と急回復させた。この危機で命運を分けた最大の理由はトヨタ自動車の優れた危機対応力にあった。本連載は野地秩嘉著『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)より一部を抜粋し、再編集したものです。

翌朝には現地へ向かうスピード感が大事

新型コロナ危機の支援では、医療用防護ガウンの製造現場の他、保全マンが出かけて行って、新しくラインを引くなど、設備を立ち上げる作業に従事した。

 

災害の場合は被災現場へ出かけて行って、工場設備の復旧だけでなく、電気設備の調整、壊れた洗濯機の修理、水道の補修なども行った。インフラが役に立たなければ生産の復旧どころか、人が生活することもできない。保全マンはいざというときにすぐ動ける体制が整っていた。

 

「危機があると、対策会議の後、朝倉本部長から、こういう支援を頼むという話が来るわけです。僕らが行く前に生調(生産調査部)の先遣隊が入っていて、彼らがどういう人材が欲しいかと言ってくる。我々はすぐに人材を決めて、翌朝には現地へ向かう。それくらいのスピード感が大事ですわ。

 

もう1つは、『困ったときは助け合う』。この精神を保全マンは忘れない。復旧するときは道具も満足にない。彼らはその場で工夫して手作りの道具も作る。

 

施設がこわけとる、かたいどる(注傾いている)、精度出しをするとなると、やっぱり保全の力はすごいですよ。

 

我々は水没している設備のモーターを外して、それを乾かして復旧させるとか、電気関係が壊れておったら、それも直してしまう。保全と動力課の今までの経験や知識、技能には私自身、頭が下がります」(斉藤)

 

動力課とは設備の動力関係を見るプラントエンジニアリングのチームである。

 

本来、インフラや家電は現地のプロが直すべきだ。だが、災害となると、専門家は引っ張りだこになる。じっと待っていては、いつまで経っても復旧できないのである。そこで活躍するのがプラントエンジニアリングチームである。そして、「停電になってもラインを動かす」訓練までやっている。

 

これまた斉藤が力を入れて話す。

 

「日常でも、機械の電源が落ちた、なんてことは実際、あるんですよ。我々は電気設備の人間を呼ぶ間、待ってるなんてことはしていられない。彼らはすぐには来ないし、下手をすると数日かかることもある。

 

そうなると我々は『みんな集まれ』ですよ。とにかくみんなで何とかする。『さあ、やるぞ』と言って、どういう手があるか考えて、その間に補修部品の手配をする。白板に解決策を書きだして、実行していく。リーダーが発したことに対して、みんなが、それぞれ動く。支援の時だって、誰もが行きたいと手を挙げる連中なんです。支援に行って手動で機械を動かすことなど誰も嫌がらんのですよ。また、彼らは支援が終わったとき、あの苦しさの中で成長したと口をそろえる。そして支援先の感謝の言葉は忘れない」

 

斉藤は初対面では無愛想な様子に見える。声をかけにくいタイプなのだが、話し出すと止まらない。最初は標準語でしゃべっていたけれど、熱が入ると三河弁になる。

 

「保全は職人芸でもあるわけ。たとえば、兆候管理という言葉があります。これは、刃物が折れる前に兆候を見極めて設備を止めるといったようなことです。AIやIOTでデータを取る。しかしそのデータをどう処理するかは人です。折れる限界の閾値を決めるのも最後は人なんです。

 

河合のおやじも常に最後は人、人を育てにゃあかん!と言う。僕らが教育に熱心なのは、現場の組み立ての人にも教育せなならんからですよ。教育して全員保全ができるようになれば、保全は本当に難しい設備だけ専門保全としてやれば良い。オペレーターが保全もできる、そんな人財を育てる事で、会社の競争力にも貢献できるのである。

 

そう思うとコロナ禍のなかで今後の製造現場の働き方も人財育成も変えていく必要性があることを強く感じました。そして我々保全マンは感謝しなくてはいけない事がある。それは河合おやじと朝倉本部長ですわ。ふたりとも労を労うために親睦会を開催してくれるんです。それがありがたい。

 

僕らの嬉しさの爆発は親睦会ですよ。2次会になると、僕がおごることになっとる。だいたい、1升くらいは絶対持っていく。高い酒はよう持っていかんけど。あとは、おやじにおごらせるしかない」

 

支援から帰った後の保全マンの親睦会は爆発的らしい。あくまで、聞いた話ではあるが。親睦会を行った飲食店を出入り禁止になったこともあったとかなかったとか……。

 

 

 

野地秩嘉
ノンフィクション作家

 

 

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